◆夜啼く鳥は透明な夢を見るのだろうか◆ トレーニングの後、なぜだかディーノと軽く食事をするのがいつの間にか習慣化した。 食が細い、というわけではないが一人でいると雲雀はあまり食事を楽しまないので、「強くなるためには楽しみが必要だ」というお題目の下トレーニングの一環として食事をする、とい理由付けは一応されていたのだが、本当のところはただなんとなく一緒にいたいと、それだけのことなのだった。 食事、とは言っても毎日がレストランでのディナーやホテルのルームサービスというのでは飽きてしまうので、大体は、無理やりホテルに持ち込んだ調理器具を使った自炊で、ディーノの部下も交えた雑然としたものなのだが。 「恭弥、食ってるか〜」 ワインボトルを1本空けても、大して酔っていないのに皮膚の薄い西洋人の常として赤い顔をしたディーノが雲雀にじゃれついてくる。 「食べてる」 ゆっくり、体の隅まで栄養が行き渡るように雲雀は食事をする。 最低の労力で最大の効果を得る修行のように。言葉少なく。 「誰かと違って、ロマーリオの料理は美味しいから」 勿論、口を開けばちょっとしたスパイスを効かすことは忘れないが。 「ふーん。面白くねぇなぁ」 正直に拗ねるディーノが、ふと雲雀のグラスに目を遣る。 「て、お前何飲んでるんだ?」 「…水」 雲雀の答えに、ディーノは呵々と笑い、 「みずぅ〜?んなもん飲むなよ、これ飲め。これ」 雲雀のグラスに残っていた水を飲み干し、なみなみとマナー違反な程にワインを注ぎ、さぁ飲め、と無理矢理雲雀の手にグラスを握らせる。 あまりの強引さにいつもの雲雀ならば噛みつく所だが、酔っぱらいの戯言に異を唱える愚かさを犯さずに、それでも「一応、未成年なんだけど」と呟きつつも、一気に飲む。 「お、いい飲みっぷりじゃないか」 と、ディーノがもう一杯注ぐ。 平然と、どこか優雅な仕草で杯を空ける雲雀。 その様子を見たディーノの部下たちが、「俺も」「俺も」と雲雀のグラスをワインで満たしていく。 良識派のロマーリオの制止も効かず、机にボトルが数本転がる頃には、雲雀の白皙の顔はほんのりと上気し目の縁が赤くなり瞳を潤ましていた。 「お、また空いてるな」 その言葉と共に容赦なく注ぎ込まれた透明な液体。 部下たちの「ボス!!」という驚愕と悲鳴の混ざったような合唱と、透明な液体が熱となって雲雀の喉を伝うのが同時だった。 味が違う。 思った瞬間、雲雀の意識は途切れた。 うっすらと目を開けると、雲雀は一人埋もれるようにキングサイズのベッドに横たわっていた。 「…気づいたか」 酔いも影を潜め蒼白になっていたディーノの、どことなく漂っていた獰猛さを潜めるように安堵した顔が目に入ってきた。 雲雀は自分の置かれている状況をなんとなく理解した。 どうやら、酔いつぶれてしまったらしくて。 ここはディーノの部屋。ホテルの最上階。 どこまでも沈んでいってしまいそうな程、体がだるく。 意識も何かに薄ぼんやりと隠されているようにはっきりとしない。 喉がざらざらする。 「み…ず」 雲雀の言葉に敏感に反応したディーノが、サイドテーブルに用意してあった水を湛えたグラスを持つ。 起きあがろうと肩肘をついた雲雀はしかし、ベッドのスプリングに埋もれてしまい上手に起きあがることができなかった。 雲雀に添うようにベッドに腰を下ろしたディーノがその薄い背中を抱きかかえるように空いている手を伸ばした。 その手が背後に回りきる前に、雲雀は何の躊躇もなく黙ってディーノの手をたぐり寄せると、彼の首に腕を回す。 「キョウ…ヤ?」 「だ…る、い」 常にない雲雀の行動にディーノは面くらい、不意に加わった重みのままに雲雀を抱え込んだままベッドに倒れ込む。 グラスがディーノの手から滑り落ち。 水分がシーツの清潔感のある白をほの蒼く変えていく。 1秒。 2秒。 3秒。 ほんの僅かな、しかし止まったような時が過ぎ。 「お、も…い。……ばか、じゃ…ない……の」 自分の体の下から発せられた雲雀の微かなうめき声に、ディーノは我に返り、そしてみっともなく狼狽した。 「な、にか……つめ、た…い」 ディーノが体を雲雀の負担にならないように浮かせ下を見ると、まだほんのりと染まっている雲雀のほっぺたに張り付くように氷が数個有った。 「氷、要るか?」 「…ちょう、だい」 ねだるようにディーノの首にまわした腕に力を込め、雲雀が少しだけ口を開ける。 ディーノは長い指で氷を扱いそっと丁寧に雲雀の口に深く押し入れる。 互いの吐息が分かるくらい近くまで二人の顔が近づいた。 雲雀はディーノの指ごとしゃぶると、舌で氷を転がし弄ぶ。 氷の冷たさが口腔内の熱で溶かされていく。 ディーノは外にでている親指で、そっ、と雲雀の唇をなぞる。 と。 「っ」 人差し指と中指に鈍い刺激が走った。 指を囚われているディーノと瞼を半分落とし妖艶ともとれる表情の雲雀の視線が交わる。 雲雀はちょっとだけほほえむ如く口を少しだけ開く。 ディーノの首に回していた手をほどき、ディーノの肩から腕にかけてゆっくりと撫でるように滑り降ろす。まだ己の口に囚われているその指を軽く握り、解放する。 雲雀は目を閉じ。 握ったディーノの手の冷たい感触を楽しむように、己の額に乗せる。 「恭弥?」 「な、んか…ぐじゃぐじゃ…だ」 「気分悪いのか?」 ディーノが心配そうに覗き込むのが、目を閉じていても雲雀には分かった。 喉のざらつきは治まりつつあるが。 鈍いだるさは残っている。 そして、妙な昂揚もどこかにある。 気分が悪いのではなくて。 「この、まま。…エッチして、寝ちゃいたいかんじ」 ぼそっと呟く。 やるせない体のもどかしさから逃れるように。 雲雀はゆっくり横を向くと丸くなるように目を閉じていた。 「ちょ、恭弥…おいっ」 雲雀のあけすけな言葉に、柄にもなくディーノは赤くなる。 慌てて雲雀の脇腹に手をかけ揺すってみたものの…。 雲雀は丸まったまま。 「恭弥〜、キョーヤく〜ん」 耳元で囁くように呼んでみるが、返ってくるのはゆっくりになった穏やかな呼吸だけ。 「…寝たのかよ」 ディーノは宙に向かって言うと、ごろりと寝ころんだ。 こういうのもたまには悪くない。 などと嘯きながら。 翌日。 ストレートのグラッパを子供に飲ますとは何事か、とディーノがロマーリオに怒られたのは言うまでもない。 |