◆言葉よりも確かな証◆ 「あのさ、こういうこと、やめてくれないかな」 真夜中のアウトストラーデ。 紅色の車の助手席に雲雀はいた。 「こういうことって?」 本当に分からないのか、それともとぼけているだけなのか判断できない声。 「だから、夜中に突然僕を拉致する、ってこと」 雲雀のため息と共に吐き出される言葉にも。 ディーノはハンドルを握ったまま目線は前方から反らさず。 「ふーん」 ギアを入れ、アクセルを踏む。 隣を走っていた車が、みるみる後方へと消えていく。 「…分かってるんでしょ」 うっすらと開いてる窓から風が吹き込んでくる。 その痛さに雲雀は目を細める。 「何を?」 加速された車に比例し、増す風の速度。 「逃げてるだけだってこと」 「ふーん」 感情の伺いしれない低い声。 急ブレーキにタイヤが悲鳴を上げ、路肩のない高速道路での突然の停止に、間一髪で避けた後続車がけたたましくクラクションを響かせ通り過ぎていく。 「偉くなったじゃないか、恭弥」 抑揚の感じられない調子が、今夜のディーノの不安定さを逆に吐露していた。 ガタン。 体を翻し、ディーノは雲雀に馬乗りになる。 より感情の読めない能面のような雲雀に、悲しいほどに表情を消したディーノの顔が近づく。 雲雀の顎を掴み、強引に口を開かせ舌を差し込む。 何を求めているのか分からないほど、荒々しく執拗に何も反応を示さない雲雀を貪るように。 雲雀の首もとに手を伸ばし、きっちりと着られているシャツを引き裂いた。 ボタンがはじけ飛ぶ。 その白い首筋に、勢いよく噛みつく。 ぷつっ。 薄い肉の上に張られた皮膚が切れる音。 ディーノの口には苦い鉄の味。 それでもなお噛みついて離れないディーノに。 そっ、と。 背中を包み込むように雲雀の手が伸びる。 「大丈夫だから…」 雲雀は首に触れているディーノの目頭に濡れた暖かい感触を感じた。 ヒュン、ヒュン、ヒュン…と。 横を通り過ぎる車の風を裂く音がいくつも通り過ぎては消えていく。 いつの間にかディーノの額が雲雀の肩に押しつけられていた。 「悪かった」 消えかけた小さな声が、何かを我慢するかのように。 ぽんぽん。 と雲雀が軽くディーノの背中をたたく。 がばり、と顔を上げ、いつもの、跳ね馬がちょっとだけ照れた時の笑みを浮かべていた。 「つーか、なんか俺、すっげーかっこ悪くねぇか、今」 普段と変わらぬ、明るい声で。 「痛かっただろ…」 通り過ぎる車のライトに照らされるとはっきり分かる、血がうっすらとにじみ出ている雲雀の白い首を、そっとディーノは指で触れた。 「別に。……どいて」 雲雀はぷいっと横を向く。 「悪りぃ、悪りぃ」 ディーノは軽く謝罪し、雲雀の上から体をちょっと浮かし一瞬止まる。 そして、冗談めかして軽いキス。 「うーん、せっかくだし、このままやってもいい?」 間髪入れず、雲雀は鉄拳をディーノの腹に命中させ 「明日までのレポートが残ってるんだけど」 と冷たくディーノをあしらった。 容赦ないなぁ、と自分のお腹をさすりながらディーノが運転席に戻る。 ギアを入れ、アクセルを踏む。 赤い跳ね馬は軽やかに夜の闇を飛び跳ねていった。 ”Ciao, Hibari.” 一見穏和なやり手ビジネスマンという風情のロマーリオが向こうからやってきた。 「ボスが、これを雲雀にって」 公園の真ん中にある噴水の縁に座っていた雲雀に、薬局の紙袋を放りなげる。 袋を開け、中身を取り出す。 「…塗り薬」 ばかじゃないの、と呟くと。 「そう言わず、受け取ってくれよ」 ロマーリオも隣に腰掛けた。 「昨夜はボスが迷惑かけたみいたいで。すまなかったな」 「まぁね。…おかげで今日提出のレポート書くのに朝までかかちゃったよ」 二人の目の前を、子供たちが笑いながら通り過ていく。 「うちの若い奴が、死んじまってな…」 「ふーん」 「薬のトラブルに巻き込まれたらしいんだ」 「…そう」 他にも色々面倒が重なってな、仕方のないことだけど。 一瞬にして年をとってしまったかのように、ロマーリオが力なく顔を歪ませる。 昼間の公園の平和なひとときを、ふいに遠く感じる瞬間。 「ボスは何でも一人で抱えこんじまうからな…」 言葉が空に吸い込まれていく。 高い空だった。 「雲雀には感謝してるんだぜ」 「昔から何かあると車ぶっ放す癖があったからなぁ。いつもひやひやものだった。雲雀がいてくれるとボスも無茶ができないだろ。だから、ありがとな」 優しく微笑む。 「雲雀には迷惑はかけるけど」 軽く手をあげ「仕事に戻るわ」と立ち去るロマーリオの背中に。 「迷惑…、ってわけでもないんだけど」 それでも、弱っているディーノを見るのは少しだけ苦手なことで。 雲雀はシャツの襟で隠れている、赤い傷痕を指でそっと触れる。 「僕も仕事に戻るか」 |