◆ その蒼褪めた美しさのもとで ◆ 珍しく通されたキャバローネの応接間で、雲雀は一枚の絵に見入っていた。 青白い顔をして祈る女。 その視線は虚空を彷徨っているようでもあり、何かを一心に見つめているようでもある。 女の頭には光の輪が輝き、その腹部は緩やかな放物線を描いて膨れていた。 “LA VERGINE” 雲雀の背後から声がした。 「待たせたな」 ディーノは雲雀の隣に立った。 「真贋は?」 「どう思う?」 淡々とした雲雀の問いかけに、ディーノは肩をすくめて雲雀に面白そうな表情を向ける。 「さぁ…専門じゃないからよく分からないけど」 でも、いい絵だね。そういう雲雀にディーノは破顔した。 「そうだろ、いい絵だろ」 気に入っているんだ、と絵に魅入る。 ディーノにとってその絵は本物であろうが、偽物であろうが全く意味が変わらないのだということを雲雀は直感的に理解し、それでもこの部屋にあるということはきっと本物だろうと、そしてこの絵の美しさは真作のみが持つ穏やかに心に忍び込む威圧感があることも同時に感じていた。 ふと雲雀がディーノを見やると、その視線はまるで絵の中の彼女のように、絵ではない何かを探して彷徨っていながら確りと焦点を合わせて凝視しているような、不思議な静謐さを湛えていた。 「彼女はどうしてこんなに蒼褪めた顔をしているんだろう…」 まるで独り言のような問いかけを続けた。 「周りにいる天使たちは薔薇色の頬で彼女を祝福しているというのに…」 雲雀はディーノの横顔を見つめた。 「それで、わざわざここに呼び出したのは、絵の解釈をするため?」 わざと挑発的な物言いをした雲雀に、穏やかな眼差しをディーノは向けた。 「恭弥」 真剣味を帯びているディーノの声に雲雀は目線だけを返し、対峙する。 「この絵に誓うよ」 急に密度を増した空気に、雲雀は眉をしかめる。 「お前を愛している」 「…何、言って……」 絡まり合う二人の視線。 「何って。愛の告白」 ディーノが清々しいほどの笑顔を見せる。 「突然…っ」 絶句した雲雀がディーノから顔を背ける。 「恭弥に俺の気持ちをちゃんと伝えたことがなかったから、言っておきたかったんだ」 ふわりとした仕草で、ディーノが雲雀を引き寄せる。 「……馬鹿じゃないの」 いつもの台詞を言う声が微かに震えていた。 どちらからともなく唇を寄せ合った二人を見守るのは、青白い顔の彼女だけ。 そろりと触れる、ディーノの白い指先。 マフィアのボスには似つかわしくないような繊細ささえ伺える指先が、壁際に押し付けられた雲雀の肌に触れる。 捲し上げられたシャツの下に触れられた途端、他人の異物感は解けてなくなり雲雀の肌に心地よい暖かさが残る。 少し強く皮膚を押されると、その感覚に体がびくりと反応し、雲雀は息を飲む。 「…っ」 「反応がいいじゃないか」 「うる…さいよ」 くすりと笑ったディーノに、雲雀はむくれながらも唇を寄せる。 軽い啄ばみが、徐々に深みを増していく。 雲雀がディーノに体を寄せる。 布越しに相手の体温が上がってくるのが感じられ、ディーノの背後に回した腕に力を込めると、ディーノも雲雀を壁際に押しやる。 そのまま、息が続く限りとお互いを貪り合い…。 何度目かの息継ぎの後、ディーノがふと微笑み自分の背中でぐちゃぐちゃになったスーツから、優しく雲雀の手を離し、雲雀の肩から上着をするりと床に落とす。自然な動作で、そのまま雲雀のシャツの釦を丁寧に開けていく。 雲雀はディーノの顔を見上げ、その肩に額を寄せるときっちり結ばれているネクタイを弄ぶように細い指で緩め、緩めたタイの間からシャツの首元を開いていく。 雲雀の赤い唇がディーノの鎖骨に吸い付く。ディーノの手がその下肢に届く頃には、雲雀の欲望が兆しはじめていた。 つっ、とディーノが指先で雲雀の蜜を掬い上げる。 そのダイレクトな感覚に呼応するかのように、雲雀がディーノの肌に歯を立てた。 「っ…」 鈍い痛みに、ディーノが唇だけで苦笑して雲雀の髪にキスを降らす。 雲雀の頬をなぞるように、ディーノが唇をすべり降ろすと、吐息のくすぐったさに雲雀が身じろぎをする。 ディーノの肩に顔を埋めながら、彼のベルトを外そうとする雲雀の性急さをディーノが押し止める。 「待ってろ…先によくしてやるから」 そして、ゆっくりと、雲雀の胸元から体の筋を通い雲雀のそこに辿りつく。 ディーノは跪き、擡げ上がるその先端に口付けを落とす。 「う…っん」 湿った暖かさに雲雀は少し身を屈めるようにしてディーノの髪を握る。 ディーノは雲雀の先端から滲みでる蜜を舌に絡ませ丹念に舐めあげていく。 ふわりとその金髪の髪が揺れるたび、声が漏れぬようにと雲雀が息を飲みこみ、しかし、体はもっととねだり微かに揺らめいていく。 その様に、ディーノは雲雀のものを放し、下から上目遣いで色づき始めた目元を見つめる。 「…っな」 雲雀はディーノと目が合うと、己の痴態を見上げられる羞恥に顔を背ける。 その変わらぬ仕草に、ディーノは瞳を細めると、再び、今度は喉の奥まで雲雀を呑み込んでいく。 「やっ……ふ」 突然の刺激に、雲雀は腰を引き更なる快楽から逃げようとしてみるが、背後には固い壁があるばかりで、その試みもままならずに崩れ落ちそうになる体を懸命に保ちながらディーノから与えられる感覚に身を委ねるしかなかった。 雲雀が押し寄せる波のような官能に耐えている間にも、ディーノは口腔で容積を増すそれを舌でねぶり、息を継ぐ間にくちゅりと淫猥な音を響かせていた。 そして、雲雀の腰を押さえつける手をその背後に廻すと、まだ開ききっていないその窄まりに少しだけ指を差し込んだ。 「あ、っん……ん………ふっ」 探り当てられた感触と、これから迎え入れるであろうディーノの熱さへの甘く痺れるような期待がない交ぜとなり、雲雀は放埓を迎える。 雲雀の放った蜜が口腔に満ちると、ディーノはそれを嚥下し続ける。 欲望の開放に伴う心地よさとだるさに耐え切れず、雲雀の膝が震えだし、くたくたと床へ崩れ落ちていく。 それでも、ディーノは雲雀から離れず、溢れ出した蜜を唇の端から滴らせ雲雀を吸い尽くそうとしていた。 ディーノが液体を啜りこむ音と、雲雀の短い息遣いが混ざり合う。 雲雀に最期の一震えが訪れ、ディーノが最後の一雫を絡めとり、つっと雲雀を開放した。 床にへたり込んだ雲雀とディーノが同じ目線の高さで見詰め合う。 自分の唇を艶やかに彩っているのが、雲雀の体液であることをわざと意識させるかのように、ディーノはゆっくりと舌先でその唇を舐め清める。 その仕草に雲雀の欲望は再び兆しはじめる。 「……早いな」 その様を捕らえ、ディーノがくすりと笑う。 潤んだ目元を細めて、それでも息を弾ませながら雲雀が呟く。 「…卑怯だ」 「何が?」 誘うような眼差しに、 「こんなの……」 くぐもった声で、雲雀がぽつりと言った。 不意打ちだ、と。 そして。 ディーノは雲雀の肩を抱き横たえさせた。 「恭弥」 目を閉じ、ディーノに凭れかかった耳元で囁かれる己の名前。 余韻に浸り瞑った睫を、くすぐったそうに震わす。 「この絵、お前にやるよ」 「……貴方も気に入ってるんでしょ?」 「ん…気に入ってる。だから、お前に持っていて欲しいんだ」 ディーノの低いテノールが密やかに、雲雀の耳朶に触れる。 「これは」 誓いの証だから。 ディーノの微かな笑いが、雲雀の心の奥に響いた。 |