◆ ある晴れた夏に… ◆ 「あ……んっ」 洩れる自分の声と、差し込んでくる日の光、聞こえてくる健全な掛け声にいたたまれなくなり雲雀は目を閉じる。 久しぶりにやって来た母校は、何も変わっていなかった。 使い込まれた廊下や、柱のどんなに掃除しても取ることのできない年月を示す汚れもそのままで。否、校舎自体の老朽化は進んでいたのだが、学校という場の醸し出す雰囲気は何も変わっていなかった。 大人になった自分が、用もないのに学校の中へと入り、何食わぬ顔で廊下を歩いている。 世に言う、不法侵入をしたのだが、そんなことは雲雀にとっては瑣末なことであり、大した問題ではなかった。 ただ、どうして、ここにやって来てしまったのか、が問題なような気がした。 この中学を卒業して10年余りが経とうしている。 その間、母校を訪れる機会がなかったわけではなく、事実何度か訪ねてきているのだ。 しかし、その何度かの訪問では、この場所、この部屋へはやってこなかった。 ゆっくりしている暇がなかったといういい訳も通用するかもしれないが、そうではなくて、ただなんとなく来たくなかったのだ。 雲雀はドアの上にあるプラスチックのプレートを見上げる。 “応接室”。 刻印されている文字は所々消えかけていて、年月を感じさせるのには充分だった。 取手に手を掛ける。 金属の冷たさがひんやりとして、手になじんでいく。 扉を開けると、その部屋は何の変哲もないただの応接室で。 雲雀は、かるく息をつくと、緊張していた自分がバカみたいだと、自嘲気味に笑い、それでも懐かしそうに部屋の中へとするりと入り込んでいった。 サイドボードの上には、相変わらず趣味の悪いブロンズ像が鎮座しており、飾り棚には、全国作文コンテスト第三位とか、そういうトロフィーがこれ見よがしに飾られている。 フェイクレザーの黒いソファセットも、背もたれにかけてある老婆の手慰みのようなレース編みのカバーも当時のままかかっている。その色も、よりくすんっでいるようだった。 その一つ一つを軽く手で触れながら、何かを確かめるようにゆっくりと歩みを進める。 窓際にある偉そうな机の脇を回りこみ、牛皮、フェイクが嫌で雲雀が買い換えたこれは本物の牛革だ、の椅子に座る。 キシリ、と金属が悲鳴をあげ、当時よりも若干増えた雲雀の体重を支えた。 窓の向こうにはグラウンドが見える。 グラウンドでは、サッカー部が模擬試合を、野球部がキャッチング練習をしているようだった。 窓際へ椅子を寄せ、窓の鍵をはずす。 少しだけ窓を開けてみると、熱い風に乗りグラウンドの熱気ある声が聞こえてくる。 その風も薄暗い部屋に入ると即座に鎮まり、熱気のあった声も熱を失い霧散していった。 夏休み、という時期特有の倦んだ、それでいて何かきっかけがあれば弾けてしまいそうなほど膨張している空気に雲雀は身を委ねる。 あの時も。 カキーン。 心地よい音に続く、騒がしい応援。 彼らにし通じない符丁のような言葉は、日本語として正しくはないが、その分彼らの熱気を直に伝えてくれる。 応接室の黒皮の椅子に腰掛け、窓と平行の姿勢で入ってくる熱気のある風を受けながら、雲雀はグラウンドを眺めていた。 夏休み。 学校に来る生徒の数は半数になり、部活動をメインとした日々へとシフトしていく。 開放的な雰囲気の中にも、学校という枠内での活動のためか、どこか筋の通った生活をしているようだった。無論、一部文科系のクラブについては教師のいないのをいいことに遊んでいるような感じもしないわけではないが、特に問題が起きている様子はなかった。それに、一歩部室を出てからの行動に関しては、文科系運動系問わず、風紀委員の監視下に置かれるため、生徒たちも自然にある程度の規律に則り行動をするようになっていた。 つまりは、風紀委員も毎日登校している、ということである。従って、風紀委員のトップにいる雲雀も毎日学校へ来ていた。その行動には趣味的なものも多分に含まれてはいるのだが。 「ほんっと、飽きないよね」 グラウンドの半分を野球部が占め、模擬試合の形式で練習をしており、選手の一挙手一動がきびきびとしていて見ていて心地よい。 彼らとグラウンドを二分するように、サッカー部が地味なドリブル練習を始めていた。 流れるような動きで、直線に置かれたポールをクリアしていく。 その二つの部活に追いやられるように、陸上部が砂場やトラックに別れて練習をしており、女子ソフト部がキャッチボールをやっていたりもする。 「楽しそうで何より、だよね」 雲雀は、一人呟くと椅子を半回転させ机に向き合う。 机の上の書類は、全て決裁をしてしまった。 夏休みに入ってからというもの、問題を起こす生徒が減ったわけではないのだが、雲雀が自ら出向いて処理に当たらなくてはいけない大事件が起きているわけではなかった。 「退屈…」 ぼそりと呟き、ぺたんと机に突っ伏した。 木の冷たさがほっぺたに伝わり、漂う風とあいまって眠気を催させる。 あと少しで意識が完全に沈む。 という、ちょうどその時。 「よっ。恭弥」 華やかな金髪が、応接室に飛び込んできた。 気だるい退屈が一気に消え去っていった。 「っふ」 息を飲みながら、雲雀は自分の股間に顔を埋めた男の髪を掴む。 ぎゅっと握ると、筋張った手が雲雀の手首を違うことなく捕捉し、指と指とを絡めるように握られてしまう。 もう一方の手で肩を押しやるように与えられる刺激から逃げようとするが、力を入れているつもりなのに、ただディーノの肩に手を置くだけの結果となる。 「あ…っ」 先端を舌で転がすようにいじられて、雲雀が思わず声を漏らした。 その雲雀をディーノが下から見上げ、擡げあがっている雲雀自身に息を吹きかけるように、 「聞こえるぞ」 と、意地悪く笑った。 既に涙目になっている自分を自覚しながらも、雲雀は「ふざける、な」と辛うじて言葉を紡いだ。 「もしかして…恭弥、久しぶり?」 「ばっ…」 小首を傾げて尋ねるディーノの質問の答えは、真っ赤になった雲雀の顔が示しており、 「了解了解。俺のことを待っててくれたってことで」 ディーノはくすくすと笑いながら、行為を再開させた。 「ん」 暖かいものに包まれる不意の感覚に、雲雀が息を止める。 ディーノは口腔に含んだものを辿るように舌を上下させる。一往復するたび、雲雀のものが容積を増していく。 ゆっくり、丁寧になぞり上げる。 そして、ちゅるりと吸うように口をすぼめると、雲雀の先端から漏れ出た先走りがディーノの口を犯していく。溢れ出して止まらなくなりそうな感触に、ディーノは口腔からそれを抜く。 「禁欲してた後だから、余計いいんだろ?」 根元を指で押さえつけられ、目の周りを赤く染めている雲雀を見つめた。 「一度出せよ」 ディーノの言葉に頷くこともせず、雲雀は目を瞑る。 その態度を諾と受取り、ディーノは唇を寄せ、指の戒めを少しだけ解く。雲雀の先端から堪らないように白い液体が滲み出て、滴り落ちてくる。 勢いが出ないよう、抑えている指で調節しながらゆっくりと流れ落とさせ、ディーノはこぼさないよう舌先で掬い取っていく。 「はっ…ん」 その緩慢な扱いにじれたのか、雲雀が苦しげに息をもらす。 雲雀の息遣いと、ディーノが滴りをすすり上げる音とが交じり合い…。 窓の向こうの出来事などどうでもよくなっていく。 「も……やっ。……あ」 雲雀が片手を自分の頭の上にあげ椅子をぐいと押し上げる。それと共に、ディーノが弄ぶ腰を少しだけ揺り動かした。 その様に、ディーノはぐいと雲雀の腰を抱き寄せる。 椅子からずれ落ちそうな姿勢で、雲雀の腰が少しだけ宙に浮く。 ディーノは、雲雀を全て含み、付け根の戒めを完全に解く。 「んっふ…あ……ん」 雲雀の中の残りが全てディーノの口腔へと流れ込んでいった。 雲雀は、椅子の背もたれにもたれ、肘掛に肘を置き、リラックスした姿勢で目を閉じた。 色々なことが思い出されたような気がしたが、それも定かではなく。 雲雀の手はいつの間にかベルトを開け、ズボンの中へと入っていた。 その無意識の行為に、雲雀ははっとなり止めようとしたのだが。 だがしかし。 軽く息をつき、目を閉じると兆しを見せている己のそれをわざと乱雑に扱い始めた。 「恭弥、力抜いて」 背中から被さるように、ディーノが優しく声をかけてくる。 雲雀はディーノの下でいやいやをする子供のように頭を振る。 さらりとした黒髪にディーノが指を絡ませ、その白い首筋に唇で触れ、一度放出したにもかかわらず再び兆しを見せている雲雀を一方の手で弄ぶ。 強く押してやるとぐちゅりという音がする。 「くっ…ん」 雲雀から言葉にならない息がもれる。 ディーノは、雲雀の身に纏っている半そでのシャツを襟を掴む。首の窪みから頚椎を伝わり徐々に唇を這わしていく。その動きに連動するように、掴んでいたシャツをゆっくりと脱がしていく。しかし、片手だけの作業のため、雲雀の両手でシャツがつっかえる。背中でするくしゃくしゃとした感触に、雲雀はもぞもぞと腕を動かし、自らシャツをはがし取った。 「やってやるから」 それを、焦れの現われととると、ディーノはやさしくシャツをどけながら、雲雀を握っている手に力を少しだけ込め、囁いた。 露わになった背中を、もう一度舌先で舐めながら、今度は一気に雲雀の分かんな窪みまで行き着く。 「んっ…!!」 己のそれへと侵入してくる、ねっとりとした感触に雲雀は肩を震わす。 「やっ」 雲雀は体を捻り半回転させようとするが、己の敏感な部分と背中の要所と要所とを軽く押さえつけられているだけで、体がいう事をきかずにいて…。 「ぁっ……ふ…ん」 漏れる呻きのような甘い声を、それでも響かせないように注意しながら押し殺そうとしていた。 ディーノは、そんな雲雀の背中を指で押したり撫でたりし、雲雀が時折びくりと震える。その度に、ディーノの手が再び膨張し始めた雲雀のそれを、きゅっと押さえつける。 「やっ…」 雲雀がもどかしげに己を押し込めようとしているディーノの手を外そうと、体を揺らす。 そんな動きに合わせるかのように、ディーノは雲雀の敏感な部分を舌でほぐしていく。 少しだけ拡がり始めると、ディーノは背中を押さえる手を離して、そこを撫でながら、ゆっくりと雲雀の中へと指を入れていく。 「っくふ……ん」 明らかな異物の侵入に雲雀が大きく動く。 だが、逃げようとする動きではなく、それはどこかねだるような動きへと姿を変えていく。 大きな机の上にぺたりとつけた頬と両手両腕をに力をいれて机に押し付ける。 ディーノから与えられる快楽の波が熱い塊となって伝わってきて、漏れいく声となっていく。それでもまだ体の中にあふれていく衝撃を、腕から、頭から出そうとしているような、原始的な動きを雲雀は繰り返す。 どれくらい、続いただろうか。 本当はとても短い時間なのかもしれない。しかし、雲雀には長くもどかしい時間に感じられて…。 いつの間にか増えているディーノの指と舌とが、ぬちゅと粘膜を擦りながら、雲雀を蹂躙していく。 不意に、ディーノの熱い息が雲雀のそこから顔だけを離す。 雲雀自身を包んでいる手をディーノが擦るように握る。溢れ出した雲雀の体液が、ぐちゅっとディーノの掌を汚していく。 「そろそろ…いいか、な?」 ディーノの声が熱となり雲雀の耳へと触れてくる。 背中で触れているディーノの体も、熱かった。 純粋な熱。 空中に放たれも冷却されないような、熱さだった。 そして、いつの間にか広げられていたそこへ。 ディーノの塊が、それでも雲雀をいたわるように、ゆっくりと…。 「!……く………っ」 先刻とは明らかに違う質量に、雲雀は声にならない悲鳴をあげた。 「ごめ…恭弥」 ちょっと我慢して、というディーノの声からも余裕がなくなっているようだった。 「んっ…は……ぅ」 ゆっくりとした動きで、ディーノが全て雲雀に納まる。 ディーノは雲雀に覆いかぶさるように密着し、僅かに腰をゆらしていく。 納まったものが、出て行く感覚に、雲雀の粘膜が軋みをたてる。 それが無くなる喪失感が耐え難いのだろうか。 「っん」と、雲雀の口から短い息が漏れる。 雲雀は、ディーノを追いかけるように体をずらしてディーノの塊を離そうとしない。 その様にディーノは苦笑し、雲雀の腰を抱えるようにして先刻まで雲雀が座っていた黒皮の椅子に座る。 「ひ…っ」 己の重さにより深くなった結合に、雲雀は息を呑む。 「恭弥…」 ディーノが雲雀の髪をそっと撫で、雲雀の両手をそっと取る。 「自分でやって…」 哀れにも真っ赤になって蜜を滴らせる雲雀のそれを上から包んでやる。 「あ…」 己自身の熱さとリアルさに、雲雀は泣きそうな顔でディーノを振り返ろうとした。 「大丈夫」 やさしく囁き、ディーノが雲雀の腰を突き上げる。 一瞬の浮上感。 重力に従って、落ちると、雲雀の中のディーノが充溢していく。 「恭弥……」 ディーノは雲雀の肩に顔を埋めるように、その柔肌を貪っていく。 触れる髪がくすぐったい、などという感覚はとうに雲雀から失われていて。 「あ…あっ……ん…」 断続的に甘い呻きが漏れていく。 ディーノが一定のリズムを刻むように、雲雀を下から突き上げる。 「…ぅ…ん……ん…」 雲雀の口からも、そのリズムにのった息が微かな音を乗せていく。 ぐちゅぐちゅという湿った音と、どちらが発しているのかわからない息遣いとが、卑猥な音楽を奏でながら、応接室を満たしていく。 二人の動きが加速度的に早くなる。 「やっ……ディ…っ…」 ディーノ手の熱さを感じながら弄んでいた雲雀自身も限界を迎えようとしているようだった。 雲雀は苦しい姿勢のまま、体を捻り、ディーノの髪を掴む。 くいっと顔を上げさせると、口を少しだけ開いて無言でキスをねだる。 「恭……弥」 ディーノも苦しげに眉を寄せながら、雲雀の名を呼んだ。 二人の吐息が絡まりあい、舌と舌とを絡ませあう。 瞬間、雲雀の体がびくりと大きく震え、放埓を迎えた。 その動きに連動するように、雲雀の中のディーノも時が満ち…。 「はぁ…」 唇を離し、それでも他は全て絡まったまま二人は脱力していった。 「ところで…」 髪を撫でるディーノの手をうっとうしげに払いながら、体を引き離さそうとして呼び戻された雲雀が、忌々しげに言葉を紡いだ。 「何?」 そんな雲雀の態度にまったく構わず、ディーノは名残惜しげに雲雀の肌を指の腹で辿っている。 「何しにきたの?」 吐き捨てるように言い、ディーノから逃れようと動く。 「くっ…」 動いた瞬間、未だ結ばれている部分が密やかな抗議をするかのように雲雀に得も言わぬ感覚をもたらす。 「何って……」 微かに震える雲雀を抱きしめながら椅子にもたれるようにディーノが笑う。 「お前と愛を交し合うため」 ちゅ、っと耳元に音だけのキスをする。 それでも空気の振動が雲雀の耳朶を打ち。 反射的に脊髄がびくりとざわめいた。 「ばっ…」 「馬鹿じゃないよ」 雲雀の台詞を先取りしたディーノが、ふわりと微笑んだ。 「俺は今からバカンスなんだから」 ディーノの言葉に雲雀は軽くため息をつく。 「こっちの予定はお構いなしなわけ…?」 「恭弥の予定?」 んなもん、俺と同じに決まってるだろ、と今度は触れるキスをした。 「…っそ」 耳元で感じるディーノの呼吸にくすぐったいのか、雲雀は目を閉じる。 再び開けられた時には、その双眸は煌いて。 「だったら」 凶暴そうに、目を細めた。 「もう一度…」 「そうだな」 ディーノがふわりと笑う。 「……俺たちのバカンスだ」 二人は深く口付けを交わした。 時折生まれる、粘液が立てる音に雲雀はその手の動きを早めていく。 「くっ……」 突き上げてくるような衝動に、息を飲み、瞑った目をきゅっとさせる。 「キョウヤ」 そんな雲雀の額を優しく手で撫でながら、ディーノが名を呼んだ。 「目を開けて…俺を見て」 甘い誘惑。 そう聞こえたような気がして…。 雲雀はうっすらと目を開ける。 しかし、目の前には誰もおらず…。 その寂しさから逃れるようにと、雲雀は快楽を貪るように己の手の動きを早める。 ぐちゅぐちゅという音が耳をつく。 雲雀は耐え切れなくなり、腰を折るように机に突っ伏した。 ズボンの中のものはすでに限界を迎えようとしている。 「あ…くっ」 漏れる声が机に当たり、ほの熱い息が頬にかかってくる。 「ん……」 手の動きを早める。 机に頭をすりつけるように動かす。 何も余計なことを考えずに、ただ本能に従いその時を迎えようとしていた。 「ディ…っ……んっ……」 掌に、勢いのある熱を感じ、それがトロリとしたものへと変わっていく。 肩で息をし、目を閉じたままの雲雀は余韻にふける。 大きく息を吸い込み、吐いていく。 何度か繰り返すうちに動悸が正常になっていくのが分かった。 ぼんやりとした頭の芯も、少しずつクリアになりつつある。 くちゃり、と音を生じさせ雲雀は手をそこから離す。 独特の匂いが鼻につく。 机に頬をつけたまま雲雀は眉をしかめ、目の前に持ってきて指を見遣る。 そこには、何者をも生みださない、欲望の跡が見てとれるだけで… グラウンドからは相変わらず彼らにしか分からない符丁のような言葉で発せられる運動部の賑やかな声が流れてきていた。 あの時と。 何も変わらない。 そう思おう、と。 気だるい体を楽にさせ、雲雀はまた目を閉じた。 |