月光




深夜、不意に鳴った電子音。
静寂を震わす音に驚くことなく表情も変えぬまま、雲雀はすいと手を伸ばし携帯電話のディスプレイを見詰めた。
微かに動かされる、眉が、語るのは不快か、それとも、疑念なのか。
月光を反射し白く輝く指先で、ボタンを押し、機械を耳にあてた。

“Pront.”
「……」
「キョウヤ?」

電話の向こうから聞こえる声に、雲雀の眉が顰められる。
嫌だから、というよりは、何かを、耐えがたいものを耐えるような、そんな表情だ。

「……何?」

絞り出すように、それだけ言う。

「今、日本に着いた」

電話の向こうの声は、落ち着いて、だが、疲れを僅かに滲ませていた。
雲雀は、息を吐き、目を閉じた。

「――そう」
「ああ。明日、会いに行く」

朗らかに、自然に続ける彼の言葉に、雲雀は抗う術もなく……。
夜の静けさが、小さな物音、微かな吐息、高鳴る鼓動を、雲雀に伝えてくる。

「……キョウヤ?」

沈黙してしまった雲雀へと気遣わしげな声が返ってくる。
その声音に、心がざわめく。

「用事は、……それだけ」
「ああ。キョウヤの声が聞きたかった」

彼の微笑が閉じた瞼の裏に浮かんでくるようだ。

「くだらない事を……切るよ」
「キョウヤ」

絶妙のタイミングで、雲雀の反応に慣れきった、否、会った時から最初から、彼はいつでも雲雀の呼吸を読むのに長けていた。

「……」
「今、外を見れるか?」

静かな声に促され、雲雀の視線が窓の外へと向かった。

「見えるけど」
「そうか」

安堵の吐息が向こうから漏れてくる。

「月は?」
「……見える」
「お前にやるよ」
「えっ……」

ディーノの科白の、その意味が理解できなく雲雀の言葉が止まる。

「俺からのプレゼントだ」
「正気で、言っているの?」

嫌そうに言ったつもりが、そう成りきれない自分の声に狼狽する。

「ああ」

ディーノは優しく同意し、

「――いや、正気じゃないかもな」

少し間を置いて、苦笑した。

「キョウヤに会いたくて。……、正気を失っているかもしれないな」

雲雀は、その言葉を、息を潜めて聞いていた。
瞳の先に在る、真円の月が、柔らかく辺りを照らしている。

「――そう」

くすり、と笑う。
彼が狂気に冒されているならば。
それでは、今雲雀を支配している形容しがたい気持ちも狂気の沙汰だ。

声を聞けて、嬉しい、などという。
こんな気持ちは。


「っ。悪い、キョウヤ。迎えが来たようだ」
「……」

「明日、な」


一方的に掛かってきた電話は、一方的に切れた。
雲雀は、軽く息をつき、パタリ、と携帯を閉じる。



見上げた先には、満天の月が、美しく、たおやかに輝いていた。





120109