◆ 月光 ◆ 深夜、不意に鳴った電子音。 静寂を震わす音に驚くことなく表情も変えぬまま、雲雀はすいと手を伸ばし携帯電話のディスプレイを見詰めた。 微かに動かされる、眉が、語るのは不快か、それとも、疑念なのか。 月光を反射し白く輝く指先で、ボタンを押し、機械を耳にあてた。 “Pront.” 「……」 「キョウヤ?」 電話の向こうから聞こえる声に、雲雀の眉が顰められる。 嫌だから、というよりは、何かを、耐えがたいものを耐えるような、そんな表情だ。 「……何?」 絞り出すように、それだけ言う。 「今、日本に着いた」 電話の向こうの声は、落ち着いて、だが、疲れを僅かに滲ませていた。 雲雀は、息を吐き、目を閉じた。 「――そう」 「ああ。明日、会いに行く」 朗らかに、自然に続ける彼の言葉に、雲雀は抗う術もなく……。 夜の静けさが、小さな物音、微かな吐息、高鳴る鼓動を、雲雀に伝えてくる。 「……キョウヤ?」 沈黙してしまった雲雀へと気遣わしげな声が返ってくる。 その声音に、心がざわめく。 「用事は、……それだけ」 「ああ。キョウヤの声が聞きたかった」 彼の微笑が閉じた瞼の裏に浮かんでくるようだ。 「くだらない事を……切るよ」 「キョウヤ」 絶妙のタイミングで、雲雀の反応に慣れきった、否、会った時から最初から、彼はいつでも雲雀の呼吸を読むのに長けていた。 「……」 「今、外を見れるか?」 静かな声に促され、雲雀の視線が窓の外へと向かった。 「見えるけど」 「そうか」 安堵の吐息が向こうから漏れてくる。 「月は?」 「……見える」 「お前にやるよ」 「えっ……」 ディーノの科白の、その意味が理解できなく雲雀の言葉が止まる。 「俺からのプレゼントだ」 「正気で、言っているの?」 嫌そうに言ったつもりが、そう成りきれない自分の声に狼狽する。 「ああ」 ディーノは優しく同意し、 「――いや、正気じゃないかもな」 少し間を置いて、苦笑した。 「キョウヤに会いたくて。……、正気を失っているかもしれないな」 雲雀は、その言葉を、息を潜めて聞いていた。 瞳の先に在る、真円の月が、柔らかく辺りを照らしている。 「――そう」 くすり、と笑う。 彼が狂気に冒されているならば。 それでは、今雲雀を支配している形容しがたい気持ちも狂気の沙汰だ。 声を聞けて、嬉しい、などという。 こんな気持ちは。 「っ。悪い、キョウヤ。迎えが来たようだ」 「……」 「明日、な」 一方的に掛かってきた電話は、一方的に切れた。 雲雀は、軽く息をつき、パタリ、と携帯を閉じる。 見上げた先には、満天の月が、美しく、たおやかに輝いていた。 |