◆ 恐れを知らぬ子供と恐れを知っている男 ◆ 「久しぶりだな、恭弥」 そう、彼の名を呼んだとき、ディーノの胸の奥を何とも言えない感情が鷲掴みにした。 ああ、本当に久しぶりだ。 自分を見上げる、雲雀を見つめ返す。 悠然と笑っている顔の表層の下で、自分が泣き出しそうになっていることに気づいた。 懐かしい、とすら思うことが、哀しく。 その懐かしさが嬉しかった。 何かに挑戦するかのように、じっと見つめてくる黒い視線。 真っすぐ過ぎて、眩しすぎて、ディーノは目を細めた。 「何を笑っているの」 怒ったような声が、下から突き刺さる。 その声音に、胸が撃たれた。 彼の今知る、雲雀恭弥よりも、若く硬質な声。 「――何でもないよ」 ふわり、とディーノは雲雀の目前まで移動した。 自分を見上げる雲雀の姿に憶える、既視感。耐えがたい程の感情の逆流を、体から、否、心から溢れさせないよう、ディーノは目を瞑った。 目を瞑ると、思いだしてくるのは、最後に会った時の雲雀の顔だった。 微かな精悍さが滲み始めていた丸く柔らかな頬。 柔らかでしかし言うことを効かなさそうにしなやかな黒い髪。 鋭さを隠し持つ漆黒の瞳。 恐れを知らない、その視線。 感情の窺いしれぬ無表情を崩さず、ディーノの言葉を黙って聞いて、そして、立ち去ってしまった、細い後ろ姿。 出会った頃と変わらない、苛烈なまでの純粋さで、雲雀はディーノの元から行ってしまった。 雲雀と最後の別れを交わしたのは、ほんの一時間前のことなのか、それとも1年前のことなのか、ディーノには分らなくなってしまってる。 もっと、長い時間を離れて過ごし、もっと長い時間を二人で過ごしていたのだから。 「何を考えているの」 野生の獣が威嚇するような低い声が、ディーノの耳朶を打った。 ディーノは目元を和らげ、憮然と眉を顰めている雲雀を見つめた。 「……お前のことだよ」 いつだって、お前のことしか考えてないんだ。 恭弥。 そう、優しさと哀しさと懐かしさと切なさと、全ての感情を籠めたが故に、いつもとあまりにも変わらない口調で、ディーノは彼の名を呼んだ。 雲雀は、嫌そうに表情を歪めた。 その顔を見て、やはりこの雲雀はディーノと一緒に時を過ごしてきた雲雀である、ということを確信し、ディーノはどこか安心した。 「馬鹿は治ってないようだね」 雲雀はそう言い捨て、愛用のトンファーを身構え直した。 じっと、ディーノに視線を固定したまま、雲雀が面白そうに、これから行われる戦闘を純粋に楽しんでいるかのように笑った。 「特訓、するんでしょ」 「ああ、そうだ」 雲雀の問いかけに、ディーノは軽く微笑んだ。 そういえば、この時点で自分は雲雀を抱いていただろうか? ふとそんな疑問がディーノの脳裡を掠める。 そして、あまりにも場違いな疑問と、あまりにも明白な答えに、ディーノは苦笑した。 さて、それでは。 10年越しの再教育と洒落こもうではないか。 ディーノも手に獲物を構えた。 |