長い廊下




コツコツと、本来ならばするはずの足音を毛足の長い上品な色の絨毯が吸いこんで消している。
先を歩く彼の足音も、後を行く雲雀の足音も。
フロア全てが彼の取った部屋なのか、ホテルだというのに完璧なプライベートが保たれている。高級故に訳ありの客も少なくないのだろう。要は、金で買った保全というところなのだろうか。
雲雀は前を歩く完璧な後姿を視界に収めた。
出会って数年。黒いスーツに包まれたしなやかな体は、あまり変わっていない。
つまりはそういうことで、自分たちも、訳あり、というわけだ。
青年実業家の皮を被ったマフィアのボスと剣呑な雰囲気の若い東洋人。
何とも低俗な想像力を掻き立てる組み合わせではないか。
自嘲気味な笑いが胸の裡で湧き上がる。
それにしても、この廊下は長すぎる。
エレベーターを降りてから部屋の扉までの距離が、ひどく長い。
まるでここを歩く者の決意を窺うような底意地の悪さを感じるほど長い。
廊下を歩ききり、部屋の扉を開け、彼に続いて入って行って、……。
そこですることは決まっており、その刺激を雲雀の体が欲しているのも事実だった。
ただ、それだけのことだ、と割り切っており、割り切ることで雲雀は現実をあるがままに受け容れていた。
立ち止まり、踵を返して、エレベーターに乗って、エントランスを出て、空港に向い、飛行機に乗って、一日、一時間離れただけでも懐かしいと思ってしまう彼の街に帰ってしまおうか。
そんな誘惑に駆られる。
だが、逃げることの誘惑よりも快楽への誘惑の方が強いのだろうか。雲雀の歩みは止まることがない。
彼の足が止まる。
終着点だ。
あと、数歩で彼に近づく。
死刑執行へと向かう囚人のようなカウントダウンが始まっている。
では、彼は雲雀の処刑人というわけだ。
雲雀の歩みも止まった。
彼が雲雀の顔を見て、微笑んだ。
執行を待つ囚人にはその微笑の意味すら考えるのも無意味なのだ。
雲雀は――。


表情を変えぬまま、開けられた扉の中へと消えてった。


220309