太陽の下でまた会いましょう




ディーノは一人、道を歩いていた。
シエスタの時間の田舎町の道には人影もなく、辛うじて舗装されている道をてくてくと歩いていた。
今頃、自分のことを探しているかもしれない。
そんな思いが胸中に飛来するも、きゅっと唇を噛みしめ道をあるいた。
行く当てなどなかった。
ちょっとしたことで、別荘を飛び出し、ここまできてしまったのだ。子供の一人歩きなど、誘拐してくれと言っているにも等しい。自分がいないことに気づいたら、ロマーリオはきっと必死になって探すだろう。
「僕が、ボスだから……」
仕方がなく、自分を探すのだ。きっと、そうに違いない。
ディーノは、『ボス』としてではなく、ただの『ディーノ』として必要とされたかったのだ。肩書ではなく。自分自身を。
道を歩く。
夏から秋に変わるこの季節。風が心地いい。
風に吹かれながら、気儘に歩いているうちに、別荘を飛び出した当初よりもディーノの心は安らかになってきていた。
ふっと、ディーノの足が止まった。
黒ずくめの男が自分に向って歩いてくる。
誘拐犯からもしれない……。
逃げなくては。
そう、思っても、足が動かない。
黒ずくめの男の視線はディーノをまっすぐに射抜き、立ちすくんでいるディーノへと近寄ってくる。
目の前までやって来た。
男は、黙ってディーノを見つめている。
「……あ……」
口の中が乾いてしまい、上手く言葉が出なかった。
ふっ、と男は唇の両端を上げ、――微笑んだ?
その瞬間、金縛りにあったかの如く動かなかったディーノが自在を得た。
「あ……おじ……お兄さんは」
黒ずくめの男が怪訝な面持ちでディーノを見た。遠目では発する雰囲気が年嵩のように思えたのだが、実際に対峙してみると、男は意外と若かった。
「お兄さんは、誰ですか?」
こういう時に何と言っていいのか、ディーノにはよく分らなかった。
男はじっとディーノを見つめ、口を開いた。
「人に名前を訊く前に、名乗ったらどうなの」
ぞんざいな口調である。ディーノは、ビクリとし、男を見つめた。
「ぼ、僕はディーノ。……あなたは?」
男は少し眉を顰める。
そういう仕草をすると、男はまるで子供のようにあどけない様子になった。
ディーノは、まじまじと男を見つめ、この男の顔がひどく整っていることに気づいた。
綺麗だと思った。
「雲雀」
聞き慣れない名前に、ディーノの心臓がどきどきとする。
「外国人?」
「そう。……日本人」
日本人。この黒ずくめの男、雲雀は、日本から来たのか。ディーノは、幼い知識を総動員して日本という国がどのような国であるのかを思い出した。
「遠いね……」
ディーノはどこか夢見るように、雲雀を見る。
雲雀は表情も変えず、ディーノを見ている。その瞳は、ここにいるディーノではない、違う何かを見ているようであった。
「――ああ、時間だ」
そう、雲雀が告げると。
……。
「き……えた?」
ディーノがきょろきょろと辺りを見回した。
先程までディーノの目の前にいた『雲雀』が消えてしまったのだ。
「……夢、だったのかな」
もしかしたら、夢だったのかもしれない。夢でなければ、イタリアの田舎に映画から飛び出して来たような黒ずくめの男が突然現れるべくもない。雲雀のような綺麗な男が……。
ディーノはどこか、夢見るような瞳で幻のような男が消えた、虚空を見ていた。
「――ボス」
遠くからロマーリオの声がして、ディーノははっと我に返った。
家出をしていたのだった。
「でも、そんなことはもういいかな」
そう言って笑ったディーノの元へとロマーリオがやってきた。
「ボス、勝手に抜け出すなってあれ程言ったじゃ……ボス?」
虚空を見つめているディーノの肩へとロマーリオが手を置いた。
ディーノが振り返る。
「ロマーリオ」
「何だ?」
「僕は、大人になったら日本に行く」
「……日本?」
突然のディーノの宣言に、ロマーリオが問うた。
「何でまた急に、日本に……?」
ディーノはロマーリオに向ってにこりと笑った。
「雲雀に会いに」

そう、黒ずくめの男に、謎めいた美しい男に会いに。

「了解」
ロマーリオが溜息混じりに笑う。
「でも今は家に帰って勉強だからな」
ディーノも溜息をつきながら笑った。
「分かってるよ。……あ、そうだ」
ディーノの瞳が輝いた。
「明日から日本語も家庭教師の先生の授業に加えておいて」
「……了解」
少し驚きつつ、ロマーリオが帰ろうとディーノを促した。
道行く二人へと微かに和らいでいる太陽が光を浴びさせていた。



「今、あなたに会ってきた」
ディーノがニヤリと笑った。
「二十年前の俺は可愛かったか?」
「別に」
そっけなく答え、雲雀がディーノを睨んだ。
「……あなたは、あなただ」
その答えに満足し、ディーノが雲雀の腰を攫う。
「なっ」
雲雀の抗いの言葉はディーノの唇に吸い込まれていき……。
二十年前と変わらぬ太陽が、二人の影を大地へと刻んだ。


041009