fama volat.
〜 噂は飛ぶ 〜





骸。
厭な名前を聞いた。
それが僕の率直な感想だ。
大体、指輪の守護者とか言われていても実際にやっていることはマフィアの会社経営とそれに伴う軋轢を暴力で解決すること。
やっていることは、あの頃と変わりがない。ただ組織が大きくなった分だけ、周囲への影響力が大きくなったことくらいで。
しかも、その会社経営部分は獄寺が一手に引き受けているし、暴力的な部分は山本武、目の前で珍しく深刻な表情をしている彼か、僕か…。それでも、いつも汚れ仕事で手いっぱいというわけではない。僕の出番は本当に最期の最期。僕に仕事が廻ってくる前に、色々な組織に対し獄寺と山本が飴と鞭とを絶妙に使い分けている。
おそらく、組織経営はかなり上手くいっているのだと思う。
だからこそ、僕も気楽に学生なんて身分でいられるんだけど。
しかし。
しかし、沢田に異変が起きたとしたら。
トップが駄目になると、こういう組織は脆いのだ。
いくら周りが頑張っても芯が崩れてしまっては、大樹を支えることはできない。


考えに沈み込んだ僕を、山本武が気遣うように見守っている。
昔から、中学生の頃から彼の慈愛に満ちているようなそんな眼差しが嫌いだった。
友達だから心配する、という純粋さが僕をイライラさせる。
でも、こんな彼だから周りに人が集まり獄寺のように「右腕、右腕」と騒がなくても自然と沢田に頼りにされる存在になったのだろう。そんな事くらい理解できる。
ただ、僕とは生き方が違う、というだけの話なのだ。
「それで…骸の話と、あのバカ、そしてドクターがどう関係するの?」
「まだ、憶測の域を出ないんですけど…」
山本武は、一呼吸つく。
躊躇からくる、沈黙。
うんざりだ。
「あのね、僕はきっちりとこの問題に巻き込まれているようなんだけど」
ため息をついて、続けた。
「だから、気遣いなんて無用だと思って欲しい」
そう、余計な気遣いなんていらない。
そんな甘い覚悟で生きていけるわけ、ないじゃない。
「分かりました。ここからはあくまで俺の考えで、何か証拠があるわけじゃない」
「それは分かったよ。さっき、君は小さなことの積み重ねがあったと言っていた。それは?」
山本武は男らしい意思の強そうな眉を寄せる。
「最近、この街にある薬が出回っているんです」
一言一言を確かめるように彼は突々とした話し方をする。
「薬?…麻薬ってこと?」
彼に合わせ僕も彼の一言一言を確認していくことにした。
情報の交換には正確さも必要だ。
「麻薬といえば麻薬なんですけど、普通の麻薬、というのとは違うようなんです」
「麻薬じゃない?じゃぁ、何?」
「もっと危険なものみたいで…服用者が突然暴れ出したりするようで」
「暴れる?薬が切れたから暴れるんじゃないの?」
「いえ、薬を飲んだ直後に暴れるんです」
「つまり、その薬が直接的な原因で暴れている、ってこと」
山本武は、こくりと肯く。
子供じみた仕草なのに、重々しさを感じる。多分、彼が潜り抜けてきた場数が生み出す重々しさなのであろう。
「人を暴力的にさせるのが目的の薬?どんな益があるのか…」
僕の独り言に、彼は律儀に返事をする。
「そこが分からないんです。多分、暴れるのは副作用で、本当はもっと違う効果があるんじゃないかって…直感ですけど」
おそらく彼の直感は正しいだろう。
暴力的になってしまった人間は、その薬に合わない、不適合な人間だったのだ。
では、薬がちゃんと効力を発したら、飲んだ人間はどうなるというのだろうか。
つまりは、無作為の人体実験的をどこかの誰かがこの街でやろうとしている、ということなのだろうか。
「で、その薬をばら撒いてるのがあのバカだというの?」
「そうだったら、話が早いんですけどね…」
僕の質問に、山本武はため息をついた。
それでは、あのバカは今の話のどこに関わってくるというのだろうか…。とりあえず、僕は山本武の話を聞くことにする。
「…ばら撒いているわけではなくて、どうも、ディーノさんがその薬を回収して、ドクターが別の薬を配ってるらしいんですよ」
「回収? 別の薬?」
「そうなんです。暴れ出したヤツのところに、刺青のある金髪の男が来て、数日後に医者が別の薬で治療してくれる、ということらしいんです」
「二人が別々に…か」
それが意味するところは何なのだろうか。
二人が同じ目的で一緒にこうどうしているのか、違う目的のためにそれぞれが別に行動しているのか。
では、その目的とは何なのだろう。
薬の被害者の救済?
それとも、他の薬の駆逐、なのだろうか。
もしくは、最初の薬も彼らが配り、ある期間テストをした上で回収、証拠を隠滅するために他の薬で治療する…。
これは、ただの憶測で、何の確証もない。
資料が出揃わないうちに、考えるのもバカバカしい。
本人たちに直接訊けばいいのだ。
まぁ、山本武もそれを狙って、ここまで来たんだろうが。あのバカのことで時間を取られるなんて…何だか腹が立つ。
「それで、君はその話が本当だと思うの?」
「金髪の刺青をした男と医者が、被害者の家に来ていることは事実なんです。その真意は分かりませんけど…」
探るように僕を見る。
僕も探るように山本武を睨んだ。
「その金髪の男と医者っていうのが実際家々を回って、慈善事業のように薬の回収と治療を施していることが事実だとしても。…その二人があのバカとドクターである確証はないんでしょ?」
山本武は僕の言葉に、長い息を漏らした。
「―――そうなんです。確証は何一つないんです」
だから、困っている、と言外に告げる。
その困惑を無視して、僕はもう一人について確かめた。忌々しいことだが。
「で、骸がこの話にどう絡んでくるわけ?」












山本武が帰ってから、僕は少しぼうっとしていたようだ。
飲みかけのコーヒーを口に含むと、それは冷め切っていて苦さだけが舌を痺れさせた。
まったく、面倒ばかりが起きてくる。
僕はため息をつき、寝室へと向った。
借りた当初は自分一人がたまに住むだけの家なのに、部屋の機能が分かれているなんて、面倒だと思ったものだけれど、こうなってみると独立した部屋があることがありがたかった。
僕はドアを開け、ベッドに座っている人物に話しかける。

「山本武の話、聞いてたでしょ?」

ドクター。


彼は、仕方がないという風に苦笑した。