◆ certa amittimus dum incerta petimus. ◆
〜 不確実なものを求める間、確実なものを失う 〜
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俺が死んだら、泣いてくれるか? そう、恭弥に尋ねたことがあった。 恭弥は怒ったような呆れたようなヘンな顔をして、俺以外の人間からしたらそれは無表情だったのだろうけど、「誰が泣くの?」と聞き返してきたんだった。 その答えに満足も不満もなく、俺は「何でもない」と誤魔化した。 自分の心を…。 今思っても、あの時の俺はまだ若くて、充分に子供だったのだろう。 諦め、を知らなかったから。 最近は、とてもずるくなって、諦めなくてはならないものは最初から欲しがらないようになってきていた。 コンコン、と助手席の窓が叩かれた。 だらりとしていた姿勢を正し、車のドアロックを外す。 「待たせたか?」 乗り込んできたのは、伝説の殺し屋、ドクター・シャマルだ。 伝説、とか、殺し屋、とか今時流行らないと思うが、この男は将にそうとしか言いようがないのだから、仕方がない。 でかい男が車に乗り込んでくると、車内が急に息苦しくなる。 「いつもの赤い車じゃないんだな」 揶揄するように、シャマルが笑う。 余裕そのもの、という笑い。 「こんな若造があれに乗ってたら不審がられるだろ」 そうだよな、とシャマルが肩を竦めた。 熟成された、色気の塊のような動作。 勘弁してくれよ。 俺はため息をつき、不意に湧き上がる感情に、戸惑いを覚えた。 「で、用事は済んだのか?」 慎重に車をスタートさせ、切り出した。 「まぁな」 それだけ言うと、シャマルは窓枠に肘を付き頬杖をついて外を眺める。 黙っているシャマルとの空気が息苦しい。 空間占拠率の問題だけではなく、心理的な圧迫感。 はぁ。溜息をつく。 「――そういえば」 シャマルがつまらなそうに口を開いた。 「あのじゃじゃ馬、コーヒーの淹れ方はお前が教えたのか?」 「…まぁな」と答えた俺を窓ガラスに反射させて見ている、とても複雑なものの見方だ、視線が笑っている。 「恭弥は優秀な生徒だからな」 だから?果たして、現在形で語っていいのだろうか。 確かに、恭弥に戦いの手ほどきをしたのは俺だ。だが、リボーンとツナ、シャマルとスモーキンボム程師弟の絆が強いわけではない。師弟という上下の関係よりも、もっと対等な…未だに俺は俺たちの関係をシンプルな一言で表すのを躊躇してしまう。関係を特定し、それを恭弥に否定されることを何よりも恐れているのだ。 恭弥のことに関して俺はひどく臆病だ。 そんな俺の内心などどうでもいいという風に、実際シャマルには関係ないのだ、「ふぅん」とつまらなそうに空気を抜いただけの返答を寄こした。 俺たちを乗せた車は市内を抜けようとしている。 「山本武が来た」 不意に、それこそついでという軽い調子だったので、意識の上層を滑り去ってしまいそうだった。だが、耳で捉えた音を脳みそはちゃんと捕まえていたらしい。 「ヤマモトタケシ」 一言ずつを区切るように、口に出す。 「そうだ」 答えるシャマルの言葉は短い。 それ以上、自発的に必要なことも不必要なことも言うつもりはないらしい。 「…ツナが、動かしたのか」 慎重に言葉を選ぶ。 他のマフィア相手の時よりも余程気を遣う。 「違う、ようだな」 即答。 では、山本は山本で何かを掴んだ、もしくは掴みかけている、ということか。 全体像が見えないとしても、あいつは動くだろう。恭弥とは違う意味で論より行動、というタイプなのだ。 「…急ぐ必要があるな」 これ以上犠牲が出ないうちに。 これ以上混乱を招かないように。 “Si.” 短く、シャマルが答えた。 一体、この暗殺者は何を考えて協力してくれているのだろうか。 彼はかなりボンゴレ寄りの人間なのだし、同盟組織の俺に協力をしてはいけない理由はない。だが、それだけではないだろう。 彼には彼の思惑があって、当面の協力体制を保っている、ということに過ぎないのだ。 それでも、気になってしまう。 シャマルが自分の教え子のことを何よりも大切にしているのは、明白なのだ。教え子以上の関係でもあるらしいのだが、その点に関してはシャマルはひどく慎重で、スモーキンボムも慎重なのだ。俺達、俺と恭弥の関係程周囲には漏れていないようだ。とはいえ、俺が知っている程度の噂は周知だと思っても差支えはないのだが。 「何を考えている」 苦笑した俺に、シャマルが尋ねた。 「…俺たちのことについて」 ハンドルをゆるく動かし、前方にいる車を追い越す。 いつの間にか車は市街から幹線道路へと出て、ある程度のスピードを出せるようになっていた。 「俺たち…ふむ」 顎を撫でながら、シャマルが続ける。 「それは、俺とお前か?それとも、お前と雲雀のことか?」 「全部ひっくるめて。ドクターとスモーキンボムも含めて、だ」 「…そうか」 シャマルがガラス越しに苦笑した。 こんなことは早く終わらせてしまいたい。 そして、何もなかったような顔をして、早く恭弥に会いたい。 俺たち、俺とシャマルを乗せた車は、元凶へと向かっている。 |