◆ Dino ◆ 皮本来の質感を残した肌さわりのいいゆったりとした造形のソファに片足をあげ、片腕をその背もたれに乗せた姿で、後ろを振り返るようにして雲雀はディーノを観察していた。 彼は歴史のある組織のトップに相応しい、ニスの艶も美しい重厚などっしりとした机で、ぱらぱらと書類をめくっている。電子化されているの世の中なのだからPCだけで全てのことを済ましてしまえば楽なのに、と雲雀は思うけれど、やはり紙媒体も必要だということも認めてはいる。しかしながら、時代がかった蜜蝋で封のされた手紙には、ただの懐古主義もしくは貴族主義の残滓が匂い、嫌悪とまではいかないまでも、苦々しく思うことも事実だった。そして、そんな苦々しさを生む本当の原因は、そんな手紙一つでここまでやってきてしまった自分なのだと、分かってはいるのだが。 手元の封筒を弄びながら、ディーノの書類をめくる手の動き、暴力的な仕事をしている割に荒れていない形のよい手を見る。次に、カフスを外し、少しだけ袖口を捲し上げ、ごつごつとした骨の作る陰影が綺麗な手首を見つめる。そして、質のいいシルクで作られたシャツの下には、細い割りに筋肉質なしなやかに力強い腕が隠れていることを雲雀は知っている。 そのまま肩口まで目をやる。書類をめくる動作に併せて、肩の関節が優雅に動いていて、緩められた襟元からは、鎖骨、というよりも鍛え上げられた胸元の筋肉とのはっきりとした境界が少しだけ覗き、息をするたびに僅かに動く首筋まで一つのラインとしてつながっている。 端正な顎から、きゅっと引き締まった口元、西洋人らしい高さというよりも深さのある鼻筋へと雲雀の視線はゆっくりと緩慢に移動していく。 そして、時に厳しく時に優しく、時折、こういう感想を持つこと自体自分もどうかと思うのだが、甘く煌く鳶色の目。 強い光が放たれるそれは、しかし、瀟洒な眼鏡を通して見ると、生来の輝きが損なわれて作り物めいた印象となる。 綺麗だった。 それは、純粋に綺麗な色をしていて、見慣れているにもかかわらず、初めて見る知らないもののような気がして、雲雀はこそばゆい感覚に襲われた。そしてそのこそばゆさに眉をしかめた。 そんなことを思いながら、じっと、ディーノを凝視していたのだろう。 雲雀の視線に気づいたディーノが、ふわりと笑った。 「待たせて悪いな」 「…別に」 ぷい、と顔を背け手の中の封筒、おそらくは昔から使われている上質の紙にキャバッローネの紋章が梳かれているものをひらりとはためかす。 暫く、ディーノが書類を繰る音が広い部屋にこだまする。 雲雀は手の中の封筒を、机に置くと、ひらりと立ち上がりディーノの側へと音もなく立ち寄る。 「もう少しだから」 雲雀の気配に気づいたディーノが、丁度佳境なのか、書類から目を上げずに言う。 すい、っと。 雲雀の手が動き、ディーノの鼻に掛かっている眼鏡を外した。 無表情に眼鏡を見ている雲雀を、ちょっと見上げ、仕方ないという風にディーノは苦笑した。 「悪い、返して貰えるか」 ディーノの言葉に雲雀はちょっと眉をしかめる、それでも差し出された手のひらに眼鏡を返した。 「いつから?」 「ん?」 書類に素早く目を通しながら、ディーノが聞き返す。 「いつから、眼鏡かけてるの?」 ここ最近の、といっても前に会ってから数ヶ月は過ぎているが、雲雀の記憶では眼鏡などかけていなかった。 「ああ、結構前から」 手元の書類が後のページに差し掛かる。 「知らない」 少しだけ硬くなった雲雀の言葉にディーノは書類の束を整えながら説明をする。 「普段はかけないんだけどな。書類見るときだけかけてんだ」 書類を封筒に入れ、これは普通の茶封筒だ、机の脇に寄せて置く。 「さて、出かけるか」 ディーノが眼鏡を外そうとするより早く、雲雀の手がさっと眼鏡を取り外す。 「似合わないね」 憮然とした声音に、「似合わないかぁ」と笑いながら、ディーノは雲雀の腰を抱え込むように自分に寄せる。 その笑いには、口ではそんなことを言っていても、俺に見とれていたことはお見通しという、我侭な子供をからかうような響きがあった。 なんとなく敵わないという気分に雲雀は陥り、軽くため息をついた。 そして、雲雀はディーノに腰だけを抱きかかえられている不自然な格好から、きちんとした体勢、それは彼の足の間に身を入れ、その肩へ手を添えるというものへと動き、軽く体をかがめた。 軽い音がして、唇を離す。 「…どうしたんだ?」 一瞬驚いたような顔をしたディーノだったが、嫣然と口の端を上げた。 「今日のディナーはキャンセルするか?」 雲雀の腹に顔を埋めるように更に雲雀を引き寄せる。 「…お腹、空いたんだけど」 淡々と答えて、それでいて決して行動で拒絶しない雲雀をディーノは下から見上げた。 「俺で腹一杯になれよ」 器用に肩眉をあげ、目を細める。 「あんな仰々しい手紙で呼びつけた割りに、お粗末な夕食だね」 雲雀はディーノの呼吸を近くに感じ、金髪に指を絡めた。 |