◆ Hibari ◆




街の端で、車を止めてディーノは雲雀を待っていた。
割りと小柄な南の人間に比べ、やや大柄な北の人間の中で、東洋人にしても小柄な雲雀は決して埋没することなく人波を縫っていた。
学生都市として名高いこの街において、東洋人はそれほど珍しいものではない。しかし、雲雀の風貌、きめの細かい白皙の肌や、艶やかな髪、そして何よりも鋭い眼光を放つ目が際立ち、人目を引かずにはいられないのだろう。
しかし、今日の雲雀にはその存在感が醸し出す迫力が何か欠けている、とディーノは感じた。
段々とその姿が近づくにつれ、違和感の正体に気づく。
普段ならば、鋭い眼光を発している黒曜石の瞳が、その瞳と同じ黒の、とはいっても質感は全く違うプラスチックの厚ぼったいフレームの雲雀には大きすぎる眼鏡で隠されていたのだった。
「遅かったな」
「出がけに教授に捕まったから」
悪びれることもせず、車に乗り込むと、勿論助手席だ、シートベルトを閉めてうっそりと目を閉じる。
「まずはどこにいく?」
車のキーを回し、エンジンを回転させながらディーノが雲雀を見る。
「ボンゴレ本部へ…」
聞き取れるかどうかという小さな声でぼそりと言う。心なしか、その声からも艶が失われているようだ。
ディーノは、バックミラーを見て、念のため後方を振りかえりながら細い道をバックで走る。
「着いたら起こしてやるよ」
「どうも」
必要最低限のお礼の言葉が帰ってきたと思ったら、すぐに静かな息遣いが伝わってきて。
ホント、昔からよく寝るヤツだよな…、とディーノはより慎重に車を滑らせた。





すぐ戻るから、と言い残した雲雀を見送りディーノは車のシートを倒した。
ボンゴレとは気安い中にある、同盟組織のトップなのだから、雲雀と一緒に本部へ訪ねても全く問題はない。だか、逆に同盟組織のしかもトップが来たとなると、部屋に通してお茶を出すということだけでは済むはずもなく、相応の饗応があるはずで、ボンゴレにとっても迷惑になるし、またディーノにとっても今日は遠慮したいというのが本音だった。雲雀も、おそらくは昨夜の仕事と、徹夜明けの授業とで疲れきっているようだったので、早く休ませてやりたいと、そこにほんの僅かな独占欲がないわけではないのだが、思うのだ。
それにしても。
夕闇の気配が立ち込めてきた車内でディーノは思う。
いつの頃から雲雀は、仕事の後で、それもかなりハードな仕事の後で大学に行く時に、伊達眼鏡を付けるようになったのだろうか。
本人曰く、「殺気が分からなくなるから」ということなのだが。
昔はその殺気さえも武器にして、生活していたのに。
今は、殺気が邪魔だという。
ごく平和な日常に埋没するために、眼鏡をつけるという手段を雲雀は選んだのだろう。そういう選択をしなくてはならない程、マフィアの幹部と学生生活が雲雀の中で別のものとして乖離していて、マフィアという組織の厳しさが日常とは相容れないものだということを知ってしまったに違いなかった。
それだけ、大人になったのだともいえるし、青臭い言い方だが、汚れてきたのだともいえるだろう。
コンコン、という窓ガラスを叩く音がした。
音の方向に目を遣ると、眼鏡もそのままの雲雀が外に立っていた。
車の鍵を開けると、雲雀が乗り込む。
「眼鏡」
ディーノが雲雀の目元に手を沿え、眼鏡を外す。
反射的に目を瞑る雲雀が、とても愛おしく思えて…。
額にかかっている髪を払い唇を寄せる。
ディーノが触れると、雲雀がきゅっと眉を寄せ、手で振り払われると思ったディーノの案に反し雲雀がコツンと凭れかかってくる。
「…眠い」
そのままの姿勢で寝てしまいそうな雲雀にディーノは苦笑し、シートにきちんと座るように両肩を直してやる。
自分の座席も所定の位置に戻し、車を発進させた。
行き先は、聞くまでもなくディーノには分かっていた。





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雲雀さんと眼鏡です。
ちょっと野暮ったい位が丁度いいと思うのです。
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