◆ Shamal ◆ いつも通りツナの補習を待つために、いつも通り廊下を歩き、いつも通り保健室のドアを乱雑にあけ、これはわざとだ、いつも通り「シャマルいる」と確認し、いつも通りシャマルが獄寺を振りかえった。 そしていつも通り獄寺はシャマルを見、なぜか今日に限りどきりとする。 いつも通りではなかったのだ。 「また来たのか」 大概ひまだな、と言いながらシャマルは、いつも通りにコーヒーを入れに立ちあがる。 そして、「ひまなら俺ンとこじゃなくて、女の子の一人でもナンパして来いっていつも言ってるだろ」という台詞と共にコーヒーを手に椅子に戻って来た時にも、獄出らはまだ入り口に立ったままで。 「どうしたんだ、隼人?」 いつもならば返ってくるはずの他愛もない反発もせずに立ったままでいる獄寺に、不審そうな顔をしてシャマルが椅子にどかりと座る。 「あ、いや」 返事もしどろもどろになった獄寺だったが、気持ちをいつもの調子に切り替えシャマルに近寄る。 「ん?コーヒー」と差し出されたコーヒーには目もくれず、シャマルの顔に載っている縁のない小ぶりのグラスだけがある眼鏡をむんずと掴み取った。 「何すんだよ」 突然の行動に怪訝そうなシャマルに、獄寺は自分でも分かるくらい硬い声で一言。 「似合わない」 そう告げた。 「そっか」 シャマルは軽く受け、「女の子の間で眼鏡って人気みたいだからかけてみたんだけどな。隼人がそう言うなら外すか」と惜しげもなく眼鏡を外し机の上に置く。 眼鏡を外す時、シャマルが目を瞑り、今まで気にもしなかった睫の長さに不意に獄寺は気づいた。そして、少しだけ顔を背けた時の、顎のラインの精悍さにもはっとする。 眼鏡を畳み、机の上に置いたときにはいつものシャマルに戻っていて…。 獄寺の中で残念なような安心したような分類不能な感情がせめぎ合う。 「どうした、隼人。難しい顔してるぞ」 そんな獄寺の葛藤に気づかないのか、シャマルが何気なくコーヒーを手渡す。 不思議な感情に抗うように獄寺はシャマルからコーヒーを荒っぽく受け取ると、いつものように診察用の丸い椅子に座る。定位置についた獄寺は、一息つく。やっとコーヒーの香ばしさを感じることができた。 それでも、心臓のもっと奥深いところは未だどきどきと正体不明の動悸を鳴らしているのだが。 コーヒーを飲む。シャマルの淹れるいつもの味がする。 動悸はまだ収まらなくて、獄寺は一気にコップをあおった。 熱い塊が喉を焼き、胃の中で暴れる。 その痛みに耐えかね、獄寺がごふりと咳をし、背中を丸める。 「て、隼人大丈夫か」 慌てたシャマルがカップを机に置くと、獄寺の丸まった少年の伸びやかさそのものの背中をさする。 が、獄寺は下からシャマルを睨みつけ「触んなよ」とその手を振り払い、一人でコーヒーの熱さに耐えようとして。 シャマルは、獄寺の態度に眉を寄せ、軽く舌打すると保健室に備え付けの洗面台にどかどかと歩み寄りの蛇口をひねってコップを水で満たした。 「ほら、飲めよ」 獄寺の前に差し出すが、獄寺はそれを無視しじっとしたままで。 「ったく、世話のかかる」と小さく呟いたシャマルは、コップから自分の口腔へと水を移し、無理やり上を向かせた獄寺の口へと注ぎ込んだ。 条件反射的に注ぎ込まれた水を飲み込んだ獄寺が、呆然とした眼差しでシャマルを見つめる。 「ほら、残りは自分で飲めよ」 今度は渡されたコップを素直に受け取り、「ゆっくりな」というシャマルの指示にも従って、ゆっくりと水を含む。 全部飲みきり、獄寺がほぅっと一息ついた。 「お前、大丈夫か?」 獄寺からカップを取り上げ、シャマルが仕方がないなと笑う。 「だ、大丈夫…だよ」 まだ、けほけほとしている獄寺がそれでも気丈に応える。 「いきなりコーヒー一気飲みすんなよ…バカじゃねぇの」 シャマルが獄寺の目を覗き込みように、諭す。 「だっ…」 獄寺がいつものように勢いで反発しようとするが、その言葉を途中で飲み込む。 「だ?」 それでもシャマルの追求はいつも通りに容赦なく。 「だから、シャマルがいけないんだよ」 「は?」 シャマルが男らしい太い眉をしかめ、「どういうことだ?」と明確な答えを要求する。 「眼鏡…」 「めがね?」 俯いてそれ以上何も言わない獄寺の言葉をシャマルが咀嚼し、答えを導き出す。 「ははぁん」と、半眼になって唇の端で笑いながら「つまり隼人は俺の眼鏡姿があまりにもカッコよかったから、照れてたってわけか」とかかと笑う。 「うっせーよ」 その憶測が正しいかどうかは、顔を真っ赤にして唇を尖らしている獄寺の姿が明瞭に物語っていた。 |