そして、恋をそだてよう。(一部抜粋)




一心に走っているのだが、どうしてもジーノの姿がちらちらと目に入ってしまう。
仕方がないのだ。
ジーノは目立つ。
存在感が違う。華があるのだ。
嫌でも、普段ならば決して嫌ではなく喜ばしいことではあるのだが、こんな時、ジーノが無視を決め込んでいる時、は、嫌になってしまう。
無視、されてるのかな?
そんな疑問が、やっと椿の頭に飛来する。
ジーノの思考を過不足なくトレースすることは、椿にとって無理な相談だ。ジーノと椿が異なる個体であるという当たり前のことを差し引いても、ジーノという存在は椿にとってミステリアスで、とても自由な、全く自分とは違う性質を持つ存在のような気がしてならないのだ。
だからこそ、憧れ。
そして、好きに……。
椿は走りながら頭を振る。
こんなことではいけない。
益々、いけなくなっている。
ジーノを意識するあまり、ランニングにすら集中できない。集中力の欠如は、不意の怪我を招く要因にもなるし、何よりも、練習の成果が全くと言っていいほど顕れないのだ。筋肉というのは、意味を考えて、今自分が何のためにどの筋肉を動かしているのがを考えることによって、ただ漫然と動かすよりも飛躍的にトレーニングの効果が出てくるのだ。
椿は気持ちを切り替え、集中する。
意志を以て、己の気持ちをコントロールできてこそ、プロとしてボールを蹴る資格が生じつ、とでもいうように。
真剣に。



「お、椿の奴、気合い入ってるな」
「王子も椿みたいにちょっとはヤル気出して下さいよ」
笑いながら、ボールを所定の位置に戻し赤崎の言葉に続けるようにして世良が言う。
ジーノはふんと鼻を鳴らし、つまらなそうに肩をすくめた。世良の視線の先にある椿の様子を遠目に眺める。
確かに、一生懸命走っている。
がむしゃら、とすら表現してもいい。
しかし、気に入らない。
気に入らない理由をジーノは自覚していたが、彼は常に自分の感情を、そして欲するものを正確に明瞭に自覚できるという特技があるのだ、椿に教えてやるほど素直な性格でも優しくもない。
「確かに、バッキーはひどくやる気みたいだけどね」
――      。
続けた言葉は小さく、周囲の空気にすぐに溶けてしまい誰の耳にも入ることがなかった。








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