空中庭園(一部抜粋)


当然、部屋に上がるものだと思っていた。
だから椿が誘いを断った時、ジーノはとても戸惑った。
「どうかしたのかい?」
睨んだわけではないが、不満が口調から漏れてしまったのであろうか。椿は顔を強ばらせてジーノを見返した。
「あ、あ……、その」
口ごもりつつ、困ったように眉を寄せてジーノを見る。黒目がちな、つぶらな瞳が瞬間、揺れる。椿は目を伏せジーノから視線を外した。
「す、すみません」
早口で言うと、椿はジーノにぺこりと頭を下げる。頭をあげた時、せめぎ合う何かに耐えるように、椿はジーノを見た。
「あ、の……。また、明日。練習で」
決心を鈍らせないためにか口早に続け、ジーノに口を挟ませる間も与えず、前から走り去って行ってしまった。
「……」
一人残されたジーノは戸惑いを隠せず、珍しく何も言えないまま、椿の後姿を呆然と見送っていた。
――どうしたんだろう。
微かに眉を寄せ、考える。


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「王子、お待たせしました」
「何だ、つまんない。もう着替え終わっちゃったんだ」
やはりジーノは椿の醜態を楽しんでいたらしく、さすがの椿も微かにむっとした。
「バッキー、怒ったの?」
「……いえ」
ジーノは立ち上がり、椿へと近寄ってきた。たったそれだけの動きなのにとてもエレガントに見えてしまうのは好きになったが故だろうか。
ほとんど変わらない身長の二人は、立って向かい合うと顔の位置もほとんど変わらない。
真正面から椿を覗きこむ瞳は、楽しそうな嬉しそうな悪戯っ子のような愉快げな色をしていた。その奥深くに、艶やかさが隠れている。
「王子……」
蛇に苛まれた蛙のように、天女に魅せられた農夫のように、椿はジーノを前に固まった。
このようなことはよくあるのだが、だが、ここはクラブハウスである。平素ならば、艶聞とは無縁の場所なのだ。
ジーノの目が伏せられた。
長いまつげの一本一本まではっきりと分かる。
椿はこくりと喉を鳴らした。
「あ、あの……」
思わず後退る。
ドン、と体がロッカーにぶつかった。
衝撃を痛いと感じるよりも、どうしようと心が焦る。
ジーノは伏せていた目を微かに開き、椿を見つめた。ふわりと笑いながら、唇を寄せる。
唇が、触れた。
――あっ。
ドキンと心臓が高鳴る。
人と触れ合うだけで、こんなにドキドキするということを教えてくれたのはジーノだ。
ドキドキの陰に隠れている欲望を目覚めさせたのも。
「イヤ?」
心配そうな口調を裏切る、愉快そうな顔で唇を離したジーノが囁く。
「嫌……じゃない、です」
「そう」
艶やかに笑うともう一度唇を重ねる。椿はその艶やかさに酔ったようにくらくらしてしまう。
椿の唇を割ってジーノが侵入し、唇に入り込んだ舌先が、口腔を蹂躙していく。
絡め取られ、頭の芯がぼうっとなってしまった。







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