不可触領域で踊る共犯者たち(一部抜粋)




気に食わない。
その男を見た瞬間、直感的に感じた。
洗練された物腰はアスリートらしさを感じさせず、自信からくる傲慢さとは異なる高邁があり、一見、にこやかにしているものの他者への関心の薄さを伺わせている。
頑固で血の気が多く生真面目な自分の性格はここ数年で把握しており、それなりに感情のコントロールも上手になっている。それ故、例えソリが合わないと感じる人間であっても同じチームでプレイする以上は、ましてや期待の新戦力ともなれば、キャプテンとしての礼儀をわきまえた態度は取れる。だから、それなりの朗らかさは演出した。
「君がキャプテン?」
「村越だ。よろしく頼む」
馴れ馴れしいくだけた物言いも、気に障る。
それでも気さくに返事をし、ハーフだと言う男が、西洋人のように大げさな抱擁をしてきた時も、ぎこちなくなってしまったのは否めないが、それに応じ、歓迎の意を示した。――笑顔、引き攣ってるよ。コッシー。
耳元で囁かれた時に、村越は血が逆流する程驚いたし、確かに、男に対して怒りを感じた。初対面の相手に対して、余りにも礼を失した態度である。
だが、他の選手に向かって「よろしくね」とにこやかに笑っている男の隣で、村越は瞬間的に沸き上がった怒りを押し隠しつつ、笑顔を改めるような雰囲気で、少し気難しそうで生真面目なキャプテンの顔を作った。
この男は、気に食わない。
直感的に感じたことは間違えていなかった。
理性が裏付けした苦手意識は強烈なものとなり、村越へと確り植え付けられた。


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バスに揺られ、クラブハウスへと戻って来た。
車中はそれなりの会話はあったものの、全体的に重苦しい雰囲気に包まれていた。しかし、ジーノは早々にバスへと乗り込み、一番後ろの座席を一人で占拠して楽しげに寛いでいた。「おい」
気安く呼んだつもりであったが、意図したよりも声が硬くなってしまった。
呼ばれた方は大げさな驚きを顔に浮かべたが、すぐにいつもの余裕のある笑みを浮かべた。
「ボクに用事? もう帰ろうと思うんだけど」
激しい試合をしていたとは思えない涼しげな出で立ちである。尤も、ジーノは練習中も涼しい顔をしているが。
「この後、ちょっといいか……」
言い淀んでしまったのは、人の内面を見透かすような視線でじっと見られたからだ。
――昔、あの人からも、こんな目で見られたことがあった。
村越の心がざわめく。
「何だか、深刻な顔。ボクに愛の告白でもするの?」
「……違う」
軽口を真面目に否定する村越を傍目に、ジーノは仕方ないとため息をつき、携帯電話を取りだした。「ちょっと電話してくるから。待ってて」
「あ、ああ」
言うが早いか携帯を操作しながら廊下の隅へと寄るように村越から離れていく。
ぽつんと一人立っていてもやることはなく、聞くとはなしにジーノの声を聞いていた。聞いたところで、会話は外国語であるらしく、内容の詳細は分からない。それでもジーノの言葉や口調から電話の相手に謝罪しているように思え、何らかの約束があったことは窺い知れた。予定をキャンセルさせてしまったことを少しだけ悪いと思った。
「お待たせ」
「……すまないな」
渋面を作りながら律義に謝罪する。ジーノは少し不思議そうな顔をし、「構わないよ」と笑った。
「コッシーが、試合後にわざわざボクを待ち伏せしてまで話したいことがあるんでしょ。だったら、それは最優先事項なんじゃない」ジーノの当たり前だという口調に、村越は驚いた。
疲れているからと断られることも覚悟していたのだ。
ジーノの口調は軽いものであるが村越の話が重要であるということは認識しており、更に自由を重要視しているにも関わらずプライベートな約束を蹴ってまで村越に付き合うというのである。
不真面目でやる気がない、という評価を見直す必要があるのかもしれない。
「……どうしたの?」
怪訝そうに村越を覗きこむ。
いや、と村越は首を振り、少々わざとらしく時計を見た。
「メシでも食うか?」
「そうだね。いいんじゃない」
話しているうちにクラブハウスを出て、二人は駐車場まで来ていた。
村越が車の鍵を取りだそうとすると、ジーノがそれを止めた。「ボクの車で行かない? 気晴らしにドライブもしたいし」
楽しそうな顔で言う。
思わずジーノにつられ、村越も微笑を浮かべた。
「ああ、そうだな」
「よかった。ボクの車はあっち」
一際目を引く外国車へとジーノは歩いて行く。
その車を見た瞬間、村越は己の迂闊な返事を悔いた。
目立つことが嫌いなわけではないが、こういういかにもな高級スポーツカーは苦手だ。このような車を選ぶ人種といのは理解できないし、畢竟、バカにしてもいる。
やはり、自分はこの男とは趣味がとことん合わないようだ、と村越は認識を新たにした。
「乗らないの?」
運転席からジーノが村越に声をかける。
むぅ、と腹を括り、それ程大げさなものでもないのだが敵陣に乗り込むような気持ちすらした、村越は車のドアを開けると、車高の低い車へと乗り込んだ。-------


こういう部屋を使う人間はどんなものかと思っていたが、まさか自分がこのような場所に来るとは。
しかも、そこで男とセックスをする破目になるとは。
全く想像もしなかった。
「お待たせ」
ジーノの表情に色気を感じてしまう自分を自嘲した。
つまりは自分もそういう人間であったのかと。
村越は立ち上がり、近寄ってきたジーノの腰を抱いた。驚いたように体を強張らせたジーノへ、何の躊躇いもなく、キスをする。微かなミントの香りが鼻腔をくすぐった。
「どうし」
「歯磨きでもしたのか?」
近くで見ると、男の長い睫毛が揺れているのが分かった。
「だって、キスするのに嫌でしょ」
「まぁな」
村越はもう一度唇を重ね、ジーノの唇を割るように舌を捻じ込んだ。そのままジーノの舌を絡め取る。「ふっ」
先ほどの刺激で感じやすくなっているのか、ジーノの口に唾液が溢れる。掬い取り擦りつけるようにして村越はジーノの口腔を蹂躙した。
時折生じるくちゃりという唾液の音が耳に響く。
少し息苦しく感じたが、それでも執拗にジーノの唇を貪った。
トンと胸が叩かれた。
止めて欲しいという意思表示であると理解したが、村越は意地悪な気分になり更にジーノの口腔へと舌を侵入させた。もしかしたら、得ようとしている快楽を手放したくなかったのかも知れない。
もう一度、ジーノが、今度は少し強く村越の胸を叩く。
「っ……はぁ」
やっと解放されたジーノはわざとらしく大きく息を吐き、唇を拭った。
「どうしたの? 急にやる気になって」そう問いかける瞳は面白そうな光を帯び、挑発的に村越へと向けられる。
「もうギブアップか?」
「まさか」
ジーノは笑うと、目を眇め村越を見つめた。
「何だ?」
「コッシー、キミって負けず嫌い」
図星を言い当てられ、愉快そうに微笑むジーノの腰を引き寄せた。負けず嫌いではないアスリートなどいるわけはない。他者に対しても、そして己に対しても、負けたくないという強い意志がなければ、到底プロとして続けていくことは不可能だ。
「お前程じゃ、ない……」
ジーノは瞳を見開くと、微笑むように表情を緩め軽く村越にキスをする。
「ほら、話し合いをするよりこっちの方が、すぐにお互いの事が分かるでしょ」
「それで、……どうするんだ?」膝を軽く曲げジーノの腰へと押しあてる。村越に触れるジーノのペニスも熱を帯び硬くなっているのが分かった。
「どうするって……?」
村越の問いをはぐらかすように、首を傾げる。
だが微笑に彩られた瞳はまっすぐと見つめ返してくる。
村越は、むぅと唸りジーノを抱いたまま歩き始めた。
「ちょっ」
驚きの声を発したが抗うわけでもなくジーノは村越に引かれるまま、ベッドへと投げ出された。
「急にビックリするなぁ」
「うるさい」








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