◆境界領域で踊る共犯者たち【Re:】(一部抜粋)◆ 最近気付いたことがある。 ジーノという男はストイックなのだ。 派手な外見や我儘な言動から、自由奔放な性格のように思われているが、その実、自分に厳しく、それ故他者にも厳しく、己を律し節制を心がけている。 スポーツのプロフェッショナルならば、誰もがそれなりの意識を持ち、生活をコントロールするものであるが、ジーノのそれは徹底していた。 「なぁに?」 不躾な視線を送る村越を咎める声が柔らかに響く。 「いや……」 「……」 疑い深そうにじっと村越を見ると、ジーノは手にしたペッドボトルの水を美味そうに呑んだ。 この水一つをとっても、ジーノの拘りが表れている。 いつでも同じ銘柄のものを飲んでいるから、それは美味いのか、と尋ねたことがあった。美味しいという答えと共に、いかに優れた成分が入っているのかを懇々と説明していた。ジーノの丁寧な説明にも関わらず、村越はその内容を半分程度も理解できなかったが、体に良いらしく味もいいらしい、ということだけは理解できた。そして、それを選ぶためにジーノがいかに情熱を注いでいるかも。「……何かあるの?」 ベッドの端に腰かけ、上から村越を見下ろした。 少し不服そうに頬を膨らませ、瞼を落としている姿は下から見上げる村越を無意識の裡に挑発でもしているようだ。 村越は腕を伸ばしジーノを引き寄せた。 僅かな抵抗を示し、だが、ジーノはそのままベッドに崩れ落ちた。 至近距離というには少し離れた所から、深さのある瞳が村越を見ている。視線を正面から受け止めると、ジーノは表情を緩めると目を伏せた。 薄暗い部屋で、睫毛の影が一層深くなる。 村越は中途半場な体勢でいるジーノへと圧し掛かるようにキスをした。滑らかな感触で村越の背中にジーノの腕が回され、掌が首へと触れる。 僅かに体温の違いを感じた。 だが、その違和感もすぐに消えてしまい、自身の体温なのかそれともジーノのものなのか、すぐに境界が曖昧になる。「っん」 熱を帯びた吐息がジーノから漏れる。 その吐息を喰むように唇を重ねた。重なった村越の唇をジーノが貪るように噛む。僅かな鈍痛を感じ、眉を顰めるものの、男の積極性に悪い気はしなかった。 むしろ、対抗心のような負けん気が疼き、ジーノの体を抑え込むように重さをかける。 そんな村越を男が笑った。キスをしながら笑ってみせるという小器用な真似に、瞬間、かっとなった。 首に宛てた掌をやや上に滑らせ、長めの髪を掴んだ。 「っ」 そんなに強く掴んだわけではないが、一瞬、ジーノの呼吸が乱れる。村越はたたみかけるようにジーノの唇の間から舌を捩じ込んだ。 ジーノは微かに抗うが、無理やり舌を入れ唇を塞いだ。 そのまま男の口の味を楽しむ。蹂躙する舌から村越の体の内側を伝わって、ジーノの生み出す水音が聞こえてくる。 ジーノの喉が、ゴクリ、と小さく鳴った。 それが合図のように、村越は唇を離す。 「っぁ、はぁ」 ジーノが大きく息を吸う。 フルタイム出場の試合の後でも中々見ることのできない、男の切羽詰まり具合に、村越は満足した。 「……ひどい」 微かに擦れた美しい声が村越を詰る。 見つめる視線は鋭さよりも、艶やかさの方が優っており、思わず、体がぞくりと反応してしまう。 ――まったく。 そう、苦笑する対象は、ジーノなのか、それとも自分なのか。 「何笑ってるの」 不満そうな中に、微かな甘みを帯びた美しい声が村越の耳に届いた。村越は、あまり深く考えず、今は沸きあがった欲望に身を任せることにした。(以下続く) |