◆ 5 minutes order : at the present time ◆ 「でかくなったな、隼人」 シャマルは突然目の前に現れた成長した獄寺に、驚くことなく当たり前の挨拶をした。 何の衒いもなく、ごく自然に。 「…よう」 青年は小さな声でぽつりと応え、戸惑い交じりの淋しいような不思議な表情になる。 こんな顔をするようになったのか、とシャマルは何故だか寂しさを感じ、そんなことを思った自分に心の中で苦笑した。 「久しぶり、つーのも変だよな。……そっちも相変わらずか?」 シャマルの思いがけない優しい言葉に、青年は苦しそうに眉を寄せた。 「ああ、……何も変わってない」 万感の想いを込めた言葉も、その想い故に「そうか」とあっさり流されてしまい。 「なぁ、シャマル。やろうぜ」 獄寺はわざと明るい表情で言った。 「馬鹿か。お前こっちに5分しかいられねぇんだろ」 「だからだよ」 額を小突こうとするシャマルの手を掴み、獄寺はキスをする。 感傷だということは分かっていた。 ただ、頭が混乱していて上手く切り替わってくれないから、目の前にいるシャマルの存在を確かめることで気を持ち直そうとしているのだと。分かっていた。 軽く、獄寺から仕掛けたキス。 いつの間にか主導権がシャマルに移り、顎をくいと上げられ口を開かされていた。 獄寺の中に入り込んでくる暖かな塊。 ああ、シャマルだ。 そう確信を得られる行為に、獄寺はとても心安らかな気持ちになり、現在の混乱も過去への感傷もどこかえ消え去っていく。 ほんの数回の絡まり合い。 どちらからともなく、唇を離す。 「ったく、お前10年も何やってんだよ」 「何がだよ」 口の端を親指で拭いながらついたシャマルの呆れ声があまりに自然だったので、獄寺は歳月の乖離を思わず忘れ、けんか腰に食って掛かった。 「キス一つ満足にできねぇなんて、なんの進歩もしてないじゃないか」 「進歩してなくて悪かったな」 「つーか、お前センスがないんだよな」 あきれを通り越して憐憫すら催すという風にシャマルがため息をついた。 「先生が悪いんじゃねぇの」 ぽんぽんと打ち返される小気味よい言葉の応酬。 変わってない。何も変わっていない。 その実感に獄寺は胸をつくような嬉しさを憶えた。 考えてみれば10年前の自分の記憶の中のシャマルと、目の前にいる10年前のシャマルとが変わらないのは当たり前のことなのだが、その当たり前のことすらも嬉しさへと変わっていく。 「センセイは最高だろ。問題は生徒にあるんじぇねぇのか」 冗談めかしているシャマルの目が少しだけ真剣味を帯びていた。そのへらりとした笑いに隠れる鋭さもとてもとても懐かしくいとおしくて。 「なぁ、あんたどんな花が好きなんだ?」 獄寺の言葉が飛躍する。 その飛躍に驚くこともせず、シャマルは微笑んだ。 「百合だな」 純白の大輪をたった一本。 それが理想だという、真摯な答え。 「あんたと一番縁遠い花じゃないか……」 「一番オレに似合う花なんだよ」 眉を寄せた獄寺にシャマルが笑いかける。 「さて、そろそろ時間だな」 5分。 与えられた時間はたったの5分。 しかし、その5分が1時間にも1年にも、二人を隔てる10年の歳月にも値することを二人は肌で感じていた。 「いい男になったな、隼人」 頬を撫でようとした瞬間、獄寺の姿が中学生のものへと変わり。 「おかえり」 「うわ、シャマル。なんだよ、手、離せよ」 元気のいい爆弾が騒ぎ始めた。 それでも、シャマルの瞼には泣きそうな顔をしていた青年の端整な顔がいつまでも消えないでいて。 「照れるなよ。お前もオレに会いたかったんだよ」 「うわ、なんだよ気色悪い」 シャマルはこの少年があんな悲愴な表情を憶える日が永遠にこなければいい、と空しい願いを込めて。 “bentornato… .” 額にキスをした。 「ただいま」 あんたの好きな花を買ってきてやったよ、と獄寺は答えるものいない言葉を紡ぐ。 純潔だって、あんたには一番似合わない言葉だよな。あんだけ女を泣かして、オレも泣かして。つーか、オレは泣くというより怒ってばかりだったけど。それでふらりとどっか行ったまま帰ってこなくて。生死不明ってなんだよ。生きてんだったら帰ってこいよ。仕方ないから、待っててやるって。 自分でも驚くくらい、言葉が機関銃のように飛び出してくる。 あの日から、誰にも言わず誰にも言えずに封印していた言葉たち。 でも、それでも。多分…。 “ti amo… .” 一本だけ可憐な白百合を捧げながら、獄寺は願う。 10年前の自分が、所々にある落とし穴に足を取られないように気をつけながらも、あのよき日々が続くことを願って止まなかった自分が、こんな思いをすることがないように。 どうか未来を変える力がありますように、と。 |