◆ the oath in jest -side S- ◆ 寝るのはベッドの隅と隅だからなと言っていたくせに、いつの間にか自分の腕の中にすっぽりと収まるように眠る隼人を見て、こいつは昔々の約束を憶えているのだろうか、とシャマルはいぶかしむ。 そして、突然あんな昔のことを思い出した自分にも不可解さを感じた。 それはきっと、今夜の二人の距離が近すぎるからだろう、と柄にもないことを思いいつから自分は哲学者になったのだろうかと一人苦笑う。 シャマルは獄寺の存在を確かめるかのように、空いている手で色素の薄い髪を一撫でした。 子供の頃より、少しだけ張りがある、それでも柔らかな感触に、不意に何かがこみ上げてくる。 腕の中の獄寺が甘える猫のごとく、もしくは全身全霊で眠りながらも暖かさを求める子供のごとく身じろぎをし、再び丁度いい位置を見つけ穏やかな寝息を立てるまで、シャマルは獄寺を暗がりの中で見つめ続けた。 シャマルは自分より一回りは年上の、大輪の花のように誇らしげに咲き誇っている女と戯れに囁きをかわす。 夜の空気は気軽な情事に丁度よい暑さと湿り気を含み、猥雑とした雰囲気がこの城の一角を占めていた。 シャマルが他愛のない言葉を投げかけると、女、よく分からないが上流階級の奥方だろう、は艶やかな微笑みを浮かべ、一言二言囁き返す。 その言葉に何の意味もなく、ただの時間つぶしの余興に過ぎないことは二人ともよく分かっているのだが、遊戯じみた行為に片や庶民の冷ややかさを持ちながら、もう片方は上流階級の倦怠をもって、それなりに楽しんでいたのだ。 しかし、誰もいないはずの庭の茂みから聞こえるがさがさという音によって、そのゲームは中断された。 「無粋な方がいらしたようね」という言葉を残し女が立ち去った後に一人残されたシャマルは、茂みに向かって「誰だ」と誰何する。 暫くたって、ひょっこりと顔を出したのはこの家の令息で…。 「よう、坊ちゃん。子供はもう寝る時間だろ?」 いつの間にか煌々と輝く月に照らされる色素の薄い髪をまぶしそうに眺めながら、シャマルは形良く整えられていた蝶ネクタイを解き、ぞんざいに子供と同じ目線までしゃがみこんだ。 シャマルと目が合うと、子供、隼人は怒られるとでも思ったのだろうか、難しそうな泣き出しそうな顔をし、それでも毅然とシャマルを見つめ返した。 「…シャマルはさっきの女の人が好きなの?」 「好き…って何でだ?」 己を見る真っ直ぐな瞳がまぶしいのか、シャマルは答えをはぐらかしつつ、隼人に質問を投げかける。 「だって、キスしてたから。キスするのは、好きってことでしょ?」 隼人が、不思議そうに首をかしげ眉を寄せ、木の隙間から体を出すと、シャマルの前にちょこんと座った。 「好き…かな?」 シャマルが苦笑いをし、「でも、何でそんなこと訊くんだ?」と隼人に尋ね返した。 きらきらとした瞳を翳らせ、隼人は黙り込んだ。そして、小さな声でシャマルを睨む。 「マ…母上が、キスをしてくれて……好きって言ってくれて」 隼人は俯き、更に小さい声で付け加えた。 「……でも、もう誰も言ってくれなくて」 「…そっか」 シャマルは、隼人の頭に手を載せ、くしゃりと柔らかな銀色の髪をかき混ぜる。 ふわりと笑うと、そのまま顔を近づけ、隼人の額に優しくちゅっとキスをする。 「好きだよ。隼人」 唇を離したシャマルが口角をあげニヤリと笑う。 一瞬きょとんとした隼人だったが、それにつられるように額に手をやりくしゃりと破顔した。 「僕も」 そして、瞳に輝きを取り戻し、シャマルを見つめた。 「そうだ。僕はシャマルが好きだから、大人になったらお嫁さんになってあげる」 子供の突飛な発想に、シャマルは虚を突かれ 「はぁ?」 と、間抜けな声を上げた。 「だから、好きな人と結婚するのが夢なんだって、マンマが言ってたンだもん」 ひどく真剣な幼子の言葉。 「そうか、だったら俺たち結婚するしかねぇか」 シャマルはもう一度、隼人の髪をかき混ぜた。 隼人がくすぐったそうに目を細める。 温もりを求め、それが手に入って安心したのだろうか。 シャマルの腕を無意識に掴んだ獄寺が、静かな寝息を立てている。 いつか獄寺が世界の仕組みを知らなくてはいけない日が来るとしても、それは今ではなくていいはずだ。 まだ、この子供には早すぎる。 多分、自分はとてつもなく過保護になっていて解決したくない問題を先送りしているだけなのだという自覚はあるのだが、今はまだその時ではないとシャマルは判断したことにして、軽く息をつく。獄寺をそっと包むように体勢を整えると眠りの中へ自らを誘導していった。 |