◆ queries about the boy ◆ シャマルは机の上にあるプリントを目の高さまで持ち上げ、コーヒーを啜りながらざっと眺め、 「子供は無邪気でいいねぇ」 窓から流れてくる、平穏な秋の風に目を細めた。 手にしたプリントが風に晒され、さわさわと音を立てる。 先ほど、新聞部の生徒が次の新聞に載せる先生紹介で使うので答えて欲しい、とこの紙を置いていったのだ。なんでも、ある質問を答えた教師が次の回答者を指定するというシステムになっているようで、前任者であった社会の女教師がシャマルを指名したようだった。 外人、であるシャマルと話すのに戸惑っていた生徒の言葉によると、これは「バトン」と言われ新聞の中でも人気コーナーなのだそうだ。そのため、是非答えて欲しい、と言われ…。 もう一度、質問事項に目を通す。 下らない…。 だが、このゆるやかに流れていく時間を過ごすための、ひまつぶし位にはなるかもしれない。 シャマルはプリントを机に置き、だらりと椅子に凭れていた姿勢を正す。 「さて」とやる気なさそうに呟き、ペンを持った。 その姿からは、本人が思う以上のやる気が出ていたのだが。 「えーっと、『質問1 いつからあなたはその人のことが好きですか?』」 一問目から、シャマルは考えこんだ。 いつから…。 いつからだろう? 子供たちは、ある日突然運命的な出会いをしました、というのを期待しているのだろうが、世の中そんなに上手くいくはずがないのである。 まぁ、あれも、運命、といえば運命だったのかもしれない。 「ま、いっか」 この程度の質問にぐずぐずと悩んでいては、自称プレイボーイの名が廃るというものである。 さらさらとシャマルはペンを走らせる。 「よし、さて、次行こうか。『その人の魅力について語ってください』」 またもや、難問である。 何か一つのことだけがずば抜けて魅力的なわけではなく、その存在そのものがトータルで誰かを惹きつける魅力となるのだ。 まぁ、どうでもいいことだが。 それでも、質問に答えるべく、少し宙を仰ぎ眉を寄せて考える。 彷徨っていた視線が焦点を結ぶと、シャマルはニヤリと唇だけで笑う。 とてつもなく素晴らしいことを考えついた悪戯っ子のように、あるいは助平な中年のように、残念ながら後者に極めて近い顔つきであったが、得意げに記入した。 「『その人の属性を一言で』……何だ、属性って?」 渋面を作り、言葉の意味を考える。 と、机に置きっぱなしになっていた週刊誌が目に止まる。 『貴方の彼女はデレ属性?それともツン属性?』 ほうほう、と表紙のタイトルを数回読み、「外人には難しいな…ツンとデレ」と眉を顰めたまま、適当に答えた。 「『質問4 その人の周りの人に1日なれます。誰になって何をしますか?』」 律儀に声に出して質問を咀嚼する。 「…困ったなぁ」 真面目に答えれば色々と差障りのありそうな質問なのだ。 だが、答えから導き出される人物を確実に特定できる人間もそんなにいないだろう、と軽く考えることにする。 「残り半分だな…。さて、『その人のイメージカラーは』」 何でこうも掴みどころのない質問ばかりなのだろうか、シャマルは苦笑し頭の中で色々とイメージを膨らませてみた。 「色、ねぇ」 イメージを弄んでいたが、「あー、面倒だ」と綺麗な髪を書くことにした。 正しい日本語の色の名が分からなかったので、近い色になってしまったが…。 「次は、っと。『その人に似合いそうな季節は?』」 季節…。 春にあったこと、夏にあったこと、秋に、冬に。 記憶が一気に甦り、様々なシーンが断片的に頭の中を通り過ぎている。 あいつに一番似合う季節はいつだろうか。 考え込みそうになり、シャマルは考えることをやめた。 子供の遊びに本気になりかけている自分に、どこかで警告が鳴ったのだろうか。 質問に答えるという単純なことが、急に虚しくなってくる。 このままやめてしまおうか、とペンを置きかけた時、「いしやーきいもー」という耳慣れないメロディーが校庭の向こうの道から聞こえた。 「やきいも、ってあれか?」 日本の観光案内で見た映像を思い起こすと、ぐぅと腹の虫がなる。 「もういいや」 あまりのタイミングのよさにこんな瑣末な質問に悩んでいた自分、色々と考えてた自分、それなりに真面目に回答していた自分。その全てがバカバカしくなる。 そして、今の欲求をそのまま記入することにした。 「あと、2つか…結構大変だな」 軽く肩を回し、シャマルが質問を読み上げる。 「『その人のイメージフラワーは?』…またかよ」 信じてもいない神を恨みそうになり、瞬間的に思いついた答えを書く。 でも、意外と合っている気がしなくもなかった。 「最後は、っと『最後に一言!』」 これはおそらく、疲れたとか書いてはいけないのだろう、ということ位はシャマルにも分かった。 「多分、相手に何か一言ってことなんだよな…」 好き、だとかとか、そういう甘いことを。 そんな恥ずかしいことを書けるか、と思うものの、しかし、まぁ、たまには自分の本心めいたことを書いておいても悪くはないだろう、と考え直す。 どうせ、学校新聞の片隅に載るだけなのだし…。 それに、こういう回答だと子供受けもいいのではないだろうか。 自分も意外と教師らしいな、とシャマルは満足げに思ったりし、一文字ずつ丁寧に書き入れた。 シャマルは、次にこの質問を回す教師の名を書きいれ、ペンを置いた。 「よし、終わり」 プリントを指で弾く。 「さって、と。そろそろ帰るか」 机にプリントをきっちりと置き、飛ばされないように重しをすると、椅子から立ち上がって伸びをした。 ふと、己の回答が気になり机の上のプリントを眺める。 我ながら脈絡がない答えをしたものだ、と苦笑しながらチェックをしていると、あることに気づいた。 「マジかよ…」 神の意地悪か悪魔の親切か、よく分からない采配が形作った言葉。 「…偶然て怖いな」 シャマルは、わざと身震いし、吹き込む風が冷たくなってきた窓を閉める。 外を眺めると、夕焼けが恐ろしいほど美しくて。 「ホント、怖いよな…」 決められた何から逃げたいのに逃れられず、より深みにはまっていく己にため息をついた。 後日、発行された新聞からの抜粋。 『今回の“盲目バトン”に答えてくれたのは、イタリア人保健医のシャマル先生! 先生の回答を楽しんでね★ 質問1 いつからあなたはその人のことが好きですか? 回答1 ごく最近、だと思われる 質問2 その人の魅力について語ってください。 回答2 組み敷いた時の表情 質問3 その人の属性を一言で 回答3 デレ?でいいのか。分からん。ベッドの中ではデレだからいいだろう 質問4 その人の周りの人に1日なれます。誰になって何をしますか? 回答4 ランボになって、色々と大人ないたずらをする 質問5 その人のイメージカラーは 回答5 灰色みたいなキラキラした色 質問6 その人に似合いそうな季節は? 回答6 やきいも食べたい。いい季節だな 質問7 その人のイメージフラワーは? 回答7 ドイツスズラン 質問8 最後に一言! 回答8 愛してる。だけど俺は、女好きだから。すまん。 シャマル先生の回答はいかがだったでしょうか? さすがは、シャマル先生。 大人な答えで編集部一同ドキドキでした!! さて、次の回答者は国語の竜崎先生です。 よろしくお願いします★』 シャマルのふざけた回答は賛否両論で、一部生徒から熱烈に支持されると共に、一部教師から強硬な抗議があがった。 混乱を危惧した(ということになっている)編集部により、翌号の新聞からこの人気コーナーは無期休載となったことを最後に付け加えておく。 |