◆ 誰がために ◆





「隼人」

ソファに寝ころび、下らないテレヴィを見ることなしに眺めていたシャマルが、不意に獄寺を呼んだ。
シャマルとは対照的にきちんと椅子に座り、シャーペン片手に宿題を解いていた獄寺が顰め面をあげる。

「隼人」
「…んだよ。今、宿題中」

ダイニングで教科書やらノートやらを広げていた獄寺は、至極不機嫌そうな声と共にシャマルを睨みつる。
睨みつける視線と真っ向から対峙し、シャマルが秘密めいた口調で言った。

「生き残る秘訣、って知ってるか?」
「は?」

獄寺が素っ頓狂な声で、返事をする。

「だから、生き残れる、秘訣、だよ」

一つ一つの単語をゆっくりと発音した。
そして、ソファに寝そべったまま唇だけで笑ってみせる。

「秘訣って何だよ」

シャマルの笑いにむっとしつつ、つい獄寺は問い返してしまう。
問い返してきた獄寺の視線を、やはり真っ向から受け止めて、ふわりと視線を和らげ、更に秘密めいた声音でシャマルが言った。

「こっちに来いよ」
「…やだ」

シャマルのペースにこれ以上乗せられまいと、おそらく無意識に考えた獄寺が、否と言う。

「来ないと、教えてやんねぇぞ」

そんな獄寺の考えを看過しているのか、シャマルは何でもないように獄寺から視線を逸らし、見てもいないテレヴィへと顔を向けた。
一瞬、きょとんとした獄寺だったが、シャマルなぞ無視といわんばかりにわざとらしく気を取り直したふりをして、広がったままの宿題へと意識を集中させようとした。
しかし、宿題へ向かったはずの獄寺の手が時折止まっては、苦々しげに眉を寄せる。
中学校の宿題ごときで手間取っているのではないことは明らかで…。
獄寺にとってはかなりな時間、シャマルにとってはごく僅か、実際には5分弱という所だろうか。獄寺の逡巡が終わり、ガタリと椅子から立ち上がった。
その音を契機に、シャマルが獄寺を面白そうに見つめた。
つかつかと大股で歩いて、獄寺は寝そべるシャマルの前に仁王立ちになり、憮然と言った。

「さっさと話せよ」

そんな獄寺の態度にシャマルはくすりと笑いのっそりと起きだすと、獄寺のためにソファに場所を空ける。
シャマルを睨みつけたまま動かない獄寺の手首を掴む。

「まずは、座れ」

掴んだ手首を軽く引っ張ってやると、それでもやはり不承不承という顔をして、獄寺はシャマルの隣に腰掛けた。側に寄ってきた時から、自分の話を聞く気になっていたのに、とシャマルは微笑むのだが、顔に出すと厄介なことを知っているので、心の中だけに留めるのだった。

「で、何」

隣に座しても尚、憮然とした物言いの獄寺へちらりと上から視線を投げかけて、シャマルが今度は音として軽く笑う。

「ったく、話があるならさっさとしろよ。まだ宿題終わってねぇんだから」

仕方がない、という振りをして、獄寺がシャマルを見ずにため息をついた。

「で、生き残る秘訣って何だよ」
「…隼人はなんだろ思う?」

面白そうなからかう様な声音の中に混じる、ほんの僅かな真剣な声音。

「…強いこと、か?」

多分違うのだろう、と考えながらも獄寺はとにかく答を出してみた。
獄寺らしい、回答にシャマルはくすりと笑い「それも一理ある」とくしゃくしゃと銀髪をかき混ぜた。

「一理あるって…じゃぁ、何だよ」
「聞きたいか?」
「…ああ」
「どうしても?」
「勿体つけるなよ」

話しながらも髪をかき混ぜ続けていたシャマルの手を獄寺は厭げに振り払う。ぐじゃぐじゃになってしまった髪を整える。その拍子に獄寺を見つめていたシャマルの視線と真っ向からぶつかってしまい、獄寺は慌てて視線を逸らした。
シャマルの瞳が、あまりにも、真面目で、いや、もっと暗く、獄寺ではない何かを見ているようで、そして哀しそうで。

「もういい」

獄寺はこれ以上そんなシャマルを見ることが、罪であるような気がしてしまいソファから立ち上がった。
歩き出そうとする獄寺の手首をシャマルが掴む。

「離せよ」
「特別を作らないことだよ」

何でもないように言ったシャマルの瞳に、魅入られたのか獄寺の呼吸が止まった。

「とく…べつ」

獄寺の口からはシャマルの言葉の不完全なトレースしか出てこない。
シャマルは獄寺の手を引き、己の膝の上に乗せた。
そして、耳元で冷たく囁く。

「特別なんてないんだ。自分も、それ以外の人間も何ら変わらなく、皆、等しく価値がないと思え」

生きながらに死んでいるような声音に、獄寺の背筋から急激に体温がなくなっていく。

「シャマ…ル」
「もう一つは」

シャマルの声に温度が戻り、その呼吸の触れる耳朶から獄寺にも暖かさが戻ってくる。

「もう一つは?」
「特別を作るなら、自分に以外に一人だけにしておくことだ」

お前はこっちだな、とシャマルが笑い、膝の上に乗っている獄寺の髪をふわりとかきあげた。
その姿は子供の頃から知っているシャマルのものだったことに、獄寺はひどく安心した。

「そ、そうだよ。俺の特別は10代目だからな」

獄寺は慌ててシャマルの言葉へ同意を示す。
そう、言ってから、どこか心臓の奥の方が、締め付けられるような感覚があったのだが、獄寺が意識する前にそれはどこかに行ってしまった。

「そうだよなぁ、隼人の特別はボンゴレ小僧だもんな」

くしゃくしゃとシャマルが獄寺の銀髪をかきまわした。
その行動や声音は平素と変わらず、少しばかりのからかいと優しさがあるだけだった。

「ボンゴレ小僧を悲しませないためにも、お前は生きろ」







後に、思い返してみてみると、結局のところ、シャマルの生き残る秘訣とは何のことなのか獄寺には分らなかった。
獄寺を諭すためだけに作った話の可能性も大きいのだ。
だが、もし彼の話に一片の真理があったとしたら、彼はどちらであったのだろうか。
全てのものが等しく無価値だったのだろうか?
それとも、たった一人の特別、がいたのだろうか?
彼には、特別な誰かなぞいないようにも思え、そうであったならば、彼にとっても自分にとっても、哀しいことだと感じるのだが、あの男にはそれも似合っているとも思うのだった。





゜..。*゜.・。…*゜..・.゜*。.
シャマルの特別はごっくんでも、ごっくんの特別はやはり10代目なんだと思うんですよね。
ごっくんにとってシャマルは特別というよりも、別格?
220308

…..゜*.・.゜*.・゜..。*…゜..