distance from G




「それにしても、あのおっさんにはビックリしたよな」
山本が気楽に頭に両手を乗せる。
「あのおっさん?」
つい、俺の語気が荒くなってしまうのは仕方のないことだ。
気楽そうなツラを見ているだけで、ムカついてくるのだ。
「そ。死んだふりのおっさんだよ」
すげぇよな、と心から感心した風な、面白がっているような。
やっぱり、ムカツク。
こいつは本当にさっきのことが分かっているのだろうか。死んだふり、ではなく、モレッティは本当に心臓を止めていた。あれがどれだけすごいことなのか、本当に分かっているのだろうか。
そして、モレッティの死体、正確には死んでいないから死体ではないかもしれない、いや、やっぱり心臓が止まった時点で死んだとみなされるから、あれは死体なのだろうか、仮死状態ということなのだろうか、よく分らない…、が、とにかく、モレッティの死体を見た10代目が、どう対処するのか、その対処の方法が10代目としてふさわしいかのリボーンさん流の試験だったに違いない。最後は冗談みたいな話ではぐらかしていたけど、俺の目は誤魔化されない。
「でら…獄寺」
「あ?」
考え事を中断させられて、俺は山本を睨みあげた。
悔しいことに、こいつの方が背が高い。だが、俺だってあのクソオヤジの血が流れているのだ。将来は有望だぜ。
「獄寺ってば」
「んだよ」
睨みつける俺のことなど気にもしていないように、山本は笑っている。
「俺、こっちだから」
十字路の右側を握りこんだ手の親指を立てて示した。
「あっそ」
早く帰れとばかりに、俺は手をひらひらさせた。
「じゃ。明日な」
やはり、満面の笑みで俺の肩を叩く。
痛いっつーの。本当にムカツク。
山本を睨んでいたら、あいつはさっさと道を曲がっていた。その後姿を数秒見送って、俺は反対へと、つまりは道を左に曲った。
ったく。せっかく10代目のお宅に遊びにいって、色々とお話をするつもりが…台無しになったのだ。それもこれもあの野球バカのせいだ。朝、あいつと一緒になった時から嫌な予感がしてたんだ。
下を見ながらあるいていたら、どん、と俺は硬くてどこか柔らかいものにぶつかった。
「ってー」
「隼人」
不意に、声が降ってきた。
俺の進路を塞ぐのは誰だ、と一歩下がって睨みつける。
「!……シャマル」
何でこんな所に…。
「よっ」
「ど…けよ」
さっきはあまりに急で、驚くひまもない位で。
大体どうして日本に…そうか、リボーンさんが呼んだんだ、と一人で納得してしまい、そうじゃなくて、何でこんな道っぱたに居るんだ。
「今の、友達か」
シャマルが面白そうな目つきで、山本の消えた方を見やる。
「お前に友達ができるとはな。よかったな」
嬉しそうに笑う。何でシャマルが嬉しそうなんだよ。分かんねぇ。
ぽんぽんと、俺の頭を叩く手を、それはすごく懐かしいような気分にさせるものだったが、俺は振り払った。
「ちげぇよ」
友達、なんかじゃねぇ。
声が震えていなかっただろうか。
動揺が表に出ていなかっただろうか。
動揺? 何を動揺することがあるのだろうか。それすらも、分らない。
「そうか? すっげー仲よさそうだったぞ」
見上げると、シャマルは顎を撫でながら、穏やかに笑っていた。
少し、年を取ったような気がする。
それもそうだ。この男と会うのは…8年振りになる。
俺が城を出る少し前に、シャマルはいなくなったのだから。
「――何だよ、今頃」
「は?」
「今頃、急に……」
こんなこと、言うつもりはなかったのに。何故だか言葉が、言葉じゃないな、感情が溢れてしまう。
やばい、泣くかもしれねぇ。
最悪だ。
俺はとっさに下を向いて、唇を噛みしめる。
ぽん、とシャマルの手がまた俺の頭に置かれた。
さっきとは違う、何だか優しげな置き方だった。
「悪かった」
穏やかな謝罪の言葉。
詫びなんて聞きたくない。そうじゃない。そうじゃなくて。
自分の気持ちがよく分らなくて、胸のもやもやの正体が分らなくて。
俺はシャマルの脇をすり抜けるように家へ向かって歩き出した。



「はーやーと。隼人君?」
ずんずんと歩く俺に、シャマルが後ろから声をかけてくる。
振り返ってなんてやるものか。
前だけを見据えて、俺は歩き続ける。
早く、家へ帰りたかった。
早く、一人になりたかった。
「隼人」
何も答えずにいる俺に、それでもシャマルは声をかけ続ける。
うっとうしい。
俺がどんなに歩く速度を速めても、シャマルは一定の距離を保ってついてくるのだ。
「隼人ってば」
ったく。
ぴたり、と止まり前を見たまま俺は怒鳴る。
「ついてくるなよ」
「ついてくるな、と言われても」
俺も帰り道がこっちなんだよ、とシャマルが苦笑した。
きっと、顎に手を当ててるんだろう。
シャマルの癖だ。
「ちっ」
俺は舌打ちして、そのまま歩く。ずっと、シャマルの気配が後ろでしていて…。
借りている、正確にはボンゴレが借りていてそれを俺が使ってる、マンションの前まで来た。
俺は立ち止まることもなく、マンションへと入っていく。
入口のセキュリティを解除しようとした俺の隣にシャマルがいる。
「何だよ。自分ちへ、帰れよ」
俺はシャマルを睨みつけた。
シャマルが俺を見下ろして笑う。その笑い方、その視線に、どうしてか俺の心臓がどきりとする。体に衝撃がゆっくりと広がっていく。
やばい。
「な…んだよ」
上手く口が動かない。
精一杯、シャマルを睨みつける目に力を込めた。出る声が強張ってしまったのは仕方がない、と思う。
「帰れと言われてもなぁ」
面白そうにシャマルがにやにやし始めた。
「もう、帰ってるしなぁ」
わざとらしく語尾を伸ばす。ムカツク話し方だ。
そんなことよりも…。
もう、帰ってる?
どういうことだ?
「隼人」
シャマルが目を細める。
視線が和らぐ。
「眉間に皺」
俺の眉間を指でそっと撫でた。
知っている。この、ごつごつとしたそれでいて暖かい指の感覚を。
俺は知っている。
頭の中が、そして気持もぐちゃぐちゃになった俺に構わず、シャマルが得意げに眉をあげて、ピピピと機械を操作してセキュリティを解除していく。
「ほら、行くぞ」
そのまま俺を引っ張るようにして、マンションの中へと入っていった。
迷うことなくエレベータの所まで連れて行かれ、このマンションはエレベータの位置が陰になっていて一見分かりにくいのだ、上向矢印を押した。
俺は腕を掴まれたまま、エレベータを待つ。
ポォン、と機械音がして、扉が開く。
シャマルは流れるような動作で、行先階のボタンを押した。
「何で…」
思わず、シャマルを見上げた。
押された数字は、俺の部屋のある階。
そんな俺の問いかけには答えず、いや、ニヤケ面ではぐらかし、それがまた様になっているのがムカつくんだけどな、エレベータは目的の高さまで俺たちを運んだ。
エレベータから降りると、シャマルが左右を順番に見た。そして、目的を定めたのか、やっぱり俺の腕を取って右へと歩き出す。
俺の、部屋の方向だ。
その自然な動きに、俺は捕わている腕もそのまま、シャマルに引きずられるように歩いていた。
状況を整理しよう、理由を考えようとすればするほど、混乱してくる。
「ほら」
俺の部屋の前でシャマルが止まる。掴まれてた腕が離され、思わず踏鞴を踏んでしまった。
「何すんだよ」
抗議すら小さな声でしかできない。
「何って…お前の部屋はここだろ」
不思議そうな口調とは裏腹に、目が笑ってる。
何だ。
何だというんだ。
「で――」
シャマルがズボンのポケットをまさぐり、何かを取り出した。
俺の目の高さで握りしめた手を開く。
チャラリ。
金属音も高らかに、銀色に光る新しい鍵。
俺の顔を見たまま、シャマルが数歩移動して…。
カチャリ、と錠を開ける。
隣の部屋のドア。
「ここが、俺の部屋だ」
じゃぁな、とひらひら手を振り部屋の中へと入って行った。
シャマルの部屋?
俺の隣?
一体、どうなっているのだ。
一人廊下で困惑していると、また隣の、シャマルの部屋のドアが開く。
ひょっこりと顔だけ出して、ニヤリと笑った。
「晩飯、食い行くからな」
Ciao.とウインクをした。
気色悪ぃ…。
背筋を悪寒が駆け抜ける。

廊下で、ちょっと茫然として、ゆっくりと溜息をついた。
やっぱり、今日は悪い予感がしたんだ。
しかも、まだ今日は終わらないらしい。
…最悪だ。



その日、俺がシャマルと離れていた数年間の空白が、ゆっくりと埋まっていった。





゜..。*゜.・。…*゜..・.゜*。.
標的19の直後のお話。
ずっと書きたくて、やっと形になりました。
07/06/08

…..゜*.・.゜*.・゜..。*…゜..