◆ distance from G ◆ 「それにしても、あのおっさんにはビックリしたよな」 山本が気楽に頭に両手を乗せる。 「あのおっさん?」 つい、俺の語気が荒くなってしまうのは仕方のないことだ。 気楽そうなツラを見ているだけで、ムカついてくるのだ。 「そ。死んだふりのおっさんだよ」 すげぇよな、と心から感心した風な、面白がっているような。 やっぱり、ムカツク。 こいつは本当にさっきのことが分かっているのだろうか。死んだふり、ではなく、モレッティは本当に心臓を止めていた。あれがどれだけすごいことなのか、本当に分かっているのだろうか。 そして、モレッティの死体、正確には死んでいないから死体ではないかもしれない、いや、やっぱり心臓が止まった時点で死んだとみなされるから、あれは死体なのだろうか、仮死状態ということなのだろうか、よく分らない…、が、とにかく、モレッティの死体を見た10代目が、どう対処するのか、その対処の方法が10代目としてふさわしいかのリボーンさん流の試験だったに違いない。最後は冗談みたいな話ではぐらかしていたけど、俺の目は誤魔化されない。 「でら…獄寺」 「あ?」 考え事を中断させられて、俺は山本を睨みあげた。 悔しいことに、こいつの方が背が高い。だが、俺だってあのクソオヤジの血が流れているのだ。将来は有望だぜ。 「獄寺ってば」 「んだよ」 睨みつける俺のことなど気にもしていないように、山本は笑っている。 「俺、こっちだから」 十字路の右側を握りこんだ手の親指を立てて示した。 「あっそ」 早く帰れとばかりに、俺は手をひらひらさせた。 「じゃ。明日な」 やはり、満面の笑みで俺の肩を叩く。 痛いっつーの。本当にムカツク。 山本を睨んでいたら、あいつはさっさと道を曲がっていた。その後姿を数秒見送って、俺は反対へと、つまりは道を左に曲った。 ったく。せっかく10代目のお宅に遊びにいって、色々とお話をするつもりが…台無しになったのだ。それもこれもあの野球バカのせいだ。朝、あいつと一緒になった時から嫌な予感がしてたんだ。 下を見ながらあるいていたら、どん、と俺は硬くてどこか柔らかいものにぶつかった。 「ってー」 「隼人」 不意に、声が降ってきた。 俺の進路を塞ぐのは誰だ、と一歩下がって睨みつける。 「!……シャマル」 何でこんな所に…。 「よっ」 「ど…けよ」 さっきはあまりに急で、驚くひまもない位で。 大体どうして日本に…そうか、リボーンさんが呼んだんだ、と一人で納得してしまい、そうじゃなくて、何でこんな道っぱたに居るんだ。 「今の、友達か」 シャマルが面白そうな目つきで、山本の消えた方を見やる。 「お前に友達ができるとはな。よかったな」 嬉しそうに笑う。何でシャマルが嬉しそうなんだよ。分かんねぇ。 ぽんぽんと、俺の頭を叩く手を、それはすごく懐かしいような気分にさせるものだったが、俺は振り払った。 「ちげぇよ」 友達、なんかじゃねぇ。 声が震えていなかっただろうか。 動揺が表に出ていなかっただろうか。 動揺? 何を動揺することがあるのだろうか。それすらも、分らない。 「そうか? すっげー仲よさそうだったぞ」 見上げると、シャマルは顎を撫でながら、穏やかに笑っていた。 少し、年を取ったような気がする。 それもそうだ。この男と会うのは…8年振りになる。 俺が城を出る少し前に、シャマルはいなくなったのだから。 「――何だよ、今頃」 「は?」 「今頃、急に……」 こんなこと、言うつもりはなかったのに。何故だか言葉が、言葉じゃないな、感情が溢れてしまう。 やばい、泣くかもしれねぇ。 最悪だ。 俺はとっさに下を向いて、唇を噛みしめる。 ぽん、とシャマルの手がまた俺の頭に置かれた。 さっきとは違う、何だか優しげな置き方だった。 「悪かった」 穏やかな謝罪の言葉。 詫びなんて聞きたくない。そうじゃない。そうじゃなくて。 自分の気持ちがよく分らなくて、胸のもやもやの正体が分らなくて。 俺はシャマルの脇をすり抜けるように家へ向かって歩き出した。 「はーやーと。隼人君?」 ずんずんと歩く俺に、シャマルが後ろから声をかけてくる。 振り返ってなんてやるものか。 前だけを見据えて、俺は歩き続ける。 早く、家へ帰りたかった。 早く、一人になりたかった。 「隼人」 何も答えずにいる俺に、それでもシャマルは声をかけ続ける。 うっとうしい。 俺がどんなに歩く速度を速めても、シャマルは一定の距離を保ってついてくるのだ。 「隼人ってば」 ったく。 ぴたり、と止まり前を見たまま俺は怒鳴る。 「ついてくるなよ」 「ついてくるな、と言われても」 俺も帰り道がこっちなんだよ、とシャマルが苦笑した。 きっと、顎に手を当ててるんだろう。 シャマルの癖だ。 「ちっ」 俺は舌打ちして、そのまま歩く。ずっと、シャマルの気配が後ろでしていて…。 借りている、正確にはボンゴレが借りていてそれを俺が使ってる、マンションの前まで来た。 俺は立ち止まることもなく、マンションへと入っていく。 入口のセキュリティを解除しようとした俺の隣にシャマルがいる。 「何だよ。自分ちへ、帰れよ」 俺はシャマルを睨みつけた。 シャマルが俺を見下ろして笑う。その笑い方、その視線に、どうしてか俺の心臓がどきりとする。体に衝撃がゆっくりと広がっていく。 やばい。 「な…んだよ」 上手く口が動かない。 精一杯、シャマルを睨みつける目に力を込めた。出る声が強張ってしまったのは仕方がない、と思う。 「帰れと言われてもなぁ」 面白そうにシャマルがにやにやし始めた。 「もう、帰ってるしなぁ」 わざとらしく語尾を伸ばす。ムカツク話し方だ。 そんなことよりも…。 もう、帰ってる? どういうことだ? 「隼人」 シャマルが目を細める。 視線が和らぐ。 「眉間に皺」 俺の眉間を指でそっと撫でた。 知っている。この、ごつごつとしたそれでいて暖かい指の感覚を。 俺は知っている。 頭の中が、そして気持もぐちゃぐちゃになった俺に構わず、シャマルが得意げに眉をあげて、ピピピと機械を操作してセキュリティを解除していく。 「ほら、行くぞ」 そのまま俺を引っ張るようにして、マンションの中へと入っていった。 迷うことなくエレベータの所まで連れて行かれ、このマンションはエレベータの位置が陰になっていて一見分かりにくいのだ、上向矢印を押した。 俺は腕を掴まれたまま、エレベータを待つ。 ポォン、と機械音がして、扉が開く。 シャマルは流れるような動作で、行先階のボタンを押した。 「何で…」 思わず、シャマルを見上げた。 押された数字は、俺の部屋のある階。 そんな俺の問いかけには答えず、いや、ニヤケ面ではぐらかし、それがまた様になっているのがムカつくんだけどな、エレベータは目的の高さまで俺たちを運んだ。 エレベータから降りると、シャマルが左右を順番に見た。そして、目的を定めたのか、やっぱり俺の腕を取って右へと歩き出す。 俺の、部屋の方向だ。 その自然な動きに、俺は捕わている腕もそのまま、シャマルに引きずられるように歩いていた。 状況を整理しよう、理由を考えようとすればするほど、混乱してくる。 「ほら」 俺の部屋の前でシャマルが止まる。掴まれてた腕が離され、思わず踏鞴を踏んでしまった。 「何すんだよ」 抗議すら小さな声でしかできない。 「何って…お前の部屋はここだろ」 不思議そうな口調とは裏腹に、目が笑ってる。 何だ。 何だというんだ。 「で――」 シャマルがズボンのポケットをまさぐり、何かを取り出した。 俺の目の高さで握りしめた手を開く。 チャラリ。 金属音も高らかに、銀色に光る新しい鍵。 俺の顔を見たまま、シャマルが数歩移動して…。 カチャリ、と錠を開ける。 隣の部屋のドア。 「ここが、俺の部屋だ」 じゃぁな、とひらひら手を振り部屋の中へと入って行った。 シャマルの部屋? 俺の隣? 一体、どうなっているのだ。 一人廊下で困惑していると、また隣の、シャマルの部屋のドアが開く。 ひょっこりと顔だけ出して、ニヤリと笑った。 「晩飯、食い行くからな」 Ciao.とウインクをした。 気色悪ぃ…。 背筋を悪寒が駆け抜ける。 廊下で、ちょっと茫然として、ゆっくりと溜息をついた。 やっぱり、今日は悪い予感がしたんだ。 しかも、まだ今日は終わらないらしい。 …最悪だ。 その日、俺がシャマルと離れていた数年間の空白が、ゆっくりと埋まっていった。 |