◆ tears, tears, tears ◆ in the present day シャマルが学校の裏を歩いていると、数人の女子生徒が泣いていた。 最初、彼は生徒たちを無視して、そのまま保健室へと帰ってしまおうと考えた。だが、気が変わった。どうして気が変わったのか問われても、明確な答えはないのだが、もし誰かがシャマルに問うたならば、この男はしらっとした表情で「女性の涙は放っておけないだろ」と答えたことだろう。 「どうしたんだ?」 しゃがんで涙ぐんでいる少女たちと同じ様にしゃがみ、シャマルが尋ねた。 「あ、先生……」 不意に声をかけてきた男に驚き、少女たちの視線がシャマルに集まった。シャマルは安心させるように少女たちに微笑んだ。 「どうしたんだ?」 心配そうに、言った。その言葉の奥に潜む、シャマルの無関心、それは自分の存在も含めた世界に対する絶望ともいえるようなものなのだ、について少女たちは気づかない。 「……死んじゃったの」 「クラスで飼っていたハムスターが、今日死んじゃってて……」 「可哀そうだから、埋めにきたんです」 途切れ途切れに少女たちが言葉を紡ぐ。そして、少女たちは悲しそうな顔で地面を見つめた。 「ああ。……それは、寂しいな」 シャマルも同じように地面を見つめた。 だが、気持ちは少女たちと同じではなかった。 シャマルは思い出していた。歳をとると、不意に昔見た光景が思い出されることがある。自分が若さを失っていることに対し、シャマルは気にもしていなかった。若さを羨むことはあっても、それは妬みではなく、ただ己の失った過去への漠とした懐かしさを想起させるからに過ぎなかった。 この時も、若い、まだ子供である少女たちを見、素直に涙を流せて羨ましいことだ、と思ったのだ。 そして、もう一人の子供のことを思い出した。 一度、面倒を看、一度、別れたはずなのに、再び、面倒を看る羽目になった、少年のことを。 シャマルの鮮明な過去の一コマを彩る少年。 思い出される映像の中で、少年は、笑い、泣き、怒り、そして、孤独だった。 今でも、少年は、よく怒り、よく笑っている。 少年は涙を見せることもなくなった。 孤独だった少年の心が、救われたからだろうか。 否。 シャマルは、思うのだ。 少年が泣かなくなったのは、本当の悲しみを知ってしまったからなのではないか、と。 それは多分、あの時だったのだろう。 「……帰ろう」 少女の小さな声が、シャマルの意識を表層へと呼び戻した。 「……うん」 「先生も、ありがとう」 少女たちは立ち上がり、美しい、女性特有の笑みを浮かべた。 決して男には真似できない微笑みを浮かべ、少女たちは立ち去って行った。 そして、シャマルも立ち去った。 この先、少年が泣くことがあるのだとうか、と思いながら。 in the future 「すみません。十代目」 青年の慟哭が鬱蒼とした森へと消えていく。 掠れた声は、叫びにならない悲鳴の代わりだ。 棺桶の蓋に両手を置き、下を向いて。 だが、青年は、泣いてはいなかった。 涙が出なかったのだ。 青年は、自分のことを直情型の人間だと分類していた。論理的に優れた頭脳構造をしているくせに、自分の行動は感情に支配されていると。そう分かっていたからこそ、自分を律することができていたのだ。 だが、今は、この一瞬だけは。 「っく……」 ぎゅっと目をつぶっても、涙が絞り出ることは叶わない。 大切な人の死を、それを悲しむ自分を哀れんで、泣ければ幸せだっただろう。 だが、それで事が終るわけではないのだ。 青年は、悲しんで泣くことよりも、自らを責めることを選んだ。 それに、これからすべきことを考えねばならないのだ。 泣くのは、いつでもできる。 全てが元通りになるまで、彼を失った世界が再構築されるその日まで。 涙は取っておこう、と。 青年は図らずも知らなかった。 真の悲しみの淵に立つ者は、泣くことさえも出来ないのだと、遠き日に彼の師が看過したことを。 |