◆ 安息の地よ ◆ 例えば。 シャマルには時折考えるifがある。 自分が医者ではなく、暗殺者ではなく、ただの、男だったなら、と。 しかし、そのような仮定は無意味であり、ifで遊んでいるに過ぎず、もし、ただの男であったとしても、結局自分は今医者であり暗殺者であるように、何らかの二面性を持つ人生を送っていたのだろう、と思うのだ。 投げかける言葉もなく、シャマルは被害者の前から姿を消した。 加害者であるシャマルと被害者である死体の物理的距離は随分と離れているのだが。物理的距離は遠くとも、その精神的距離、死者に精神が未だ宿っているのかどうかを判断する術をシャマルは持たないのではあるが、は近しいのであった。 そこから導かれる結論は、加害者であるシャマルもまた同時に被害者であり、そして、死者である、ということにすぎない。 そんな自分の取りとめもない論理の飛躍を、片頬を上げる嘲笑で封じた。 道を歩く。 夜道はぞっとするほど静かである。 響いている自分の足音を確認することで、辛うじて自分が存在していることを知る。 幽霊ではないのだと。 ――死者の次は幽霊か。 シャマルは再び嘲笑を浮かべた。 久し振りの仕事だったから、少し感傷的になっているのかもしれない。 並盛の健全な中学生に囲まれた生活が、自分の感情に何らかの影響を与えたとしても、決して不思議ではない。むしろ、環境に影響を受けるのは種の進化という側面からみても妥当なことである。 だが、プロフェッショナルとはいえない。 プロフェッショナルとは、自分の感情に左右されることなく任務を遂行し、ここまではシャマルも行った、任務遂行後も決して感情をぶれさせることなく仕事として割り切らねばならない。そうしなければ、次の仕事、そのまた次の仕事と回を重ねるごと自己の感情と任務遂行の精度の乖離が激しくなり、遂には破綻してしまうのだ。その破綻が仕事の面に顕れるか、自分自身に顕れるかは個体差があるのだが。 シャマルは軽く息をつく。 いつの間にか、彼は人間の世界へと戻ってきたようだ。 明るいネオン。 すれ違う人々の雑踏。 ひどくほっとし、ほっとした自分にぞっとした。 ――これはまずい。 自戒が彼の脳を駆け巡る。 これでは、彼が破綻してしまう。 元来シャマルは、人間への興味があった。換言すれば、人間への絶望、があった。絶望しつつも、絶望しきれず、結局、生かしもし、殺しもする人間になってしまった。 それは、必然である。 必然を必然たらしめる因子は彼の人生の中にたくさん散りばめられていた。キラキラ光るガラスから、小さく黒い小石のようなものまでたくさん散りばめられていた。散りばめられているたくさんの因子をシャマルは一つずつ確認し、全てを忘れた。 忘れたはずであった。 だが、現在は過去の延長であり、自分は忘れたつもりであっても、周囲の状況が忘れさせないものだということを、並盛に行って改めて気付かされた。 彼が医者としてしか存在しなかった頃の象徴のような存在。 「ったく……」 呟く声が、異国の喧噪に消える。 故郷を知らない異邦人は、街に溶け込み去っていくのが決まりだ。 そんな異邦人が、知りもしない故郷を思い出させるような存在。 最初は通り過ぎただけの小さな存在でしかなく、しばらく経ったら消えていた。消えていたわけではなく、透明化したにもかかわらず、肥大化し、ある時、実体を顕した。 獄寺隼人。 果たして彼は、自分の安息の地であるのだろう、か? シャマルは三度、嘲笑し、その瞬間、全てを棚上げした。 「――帰るか」 故郷の言葉で呟いた彼の言葉の意味を知るものは今、この場にはいなかった。 |