お味はいかが?




王子の部屋は素敵だ、と椿は思う。
美しいというか、綺麗というか、とても整っていて、つまりは雑誌から抜き出したように洒落ている。
自分の部屋とは大違いだ、と。
そう、この部屋を訪れるたびに、といっても、今回で3回目の訪問なのだが、椿は感心するような、それでいて少しだけ生活感に乏しい整然さに居心地の悪さを感じてしまうのだ。
白いソファ、よく分らないけどとても高そうだ、に緊張して腰掛け、台所、というよりもキッチンと呼んだ方がいいのだろうか、で黒い腰だけのエプロンをし、おシャレなカフェの店員さんのようだと思う、料理をしているジーノの姿をちらりと見た。
ちらりと見たジーノは真剣な顔で、だが、どこか楽しげに料理をしている。
ちらりと一瞥しただけのつもりが、じっと見つめてしまったのだろうか。
「どうしたんだい? バッキー」
いつもよりも少しだけ優しさの成分が多いような口調でジーノが笑った。
その笑顔に椿はどきまきしてしまい、「あ、いえ……」と俯いてしまったのだ。
椿は、こういう時に上手い切り返しができない自分が、嫌いだ。優柔不断で、面白味がなくて……。
だから、どうしてジーノが自分を相手にしてくれるのか、気にかけて部屋に呼んで、一緒にビデオを見たり、食事をしたりしてくれるのか、椿には分らなかった。分からないなりに考えて、多分、からかってて面白いからだろうか、と思ったりもして、そしてがっかりして、がっかりする程思いあがっている自分に、やっぱり嫌気がさしてくるのだ。
「バッキー」
名前を呼ばれて、椿ははっとして顔を上げた。
キッチンからジーノが椿を見つめていた。美味しそうな匂いがする。
「ねぇ、味見してみて」
にっこりと笑い、ジーノが椿を呼ぶ。
椿は飛び上がるように立ち上がり、ジーノの傍に近寄った。
手慣れた仕草でかき混ぜているフライパンの中身は、トマトソースとイカや貝だった。
ジーノは木べらでソースを掬い、それを人差し指と中指とで取り差し出した。
「バッキー?」
椿は差し出された指を見つめ、どうしていいのか分らなく……。
「口開けて」
言われたとおりに口を上げると、ソースの味が口内に広がった。
美味しい。
美味しくて、ジーノの指を舐めとるように舌を絡めてしまう。
「どうだい?」
椿の唇から抜いた指を見てジーノはふわりと微笑む。
「あ、美味しい……です」
「そう」
どうしてだかしどろもどろになってしまった椿へと視線を流し、「バッキー」と悪戯っぽく呼ぶ。
あっと思う間もなく唇が重ねられ、ジーノのしなやかな舌先が椿へのそれを絡め取る。
「んっ」
椿が息を呑みこむより早く、ジーノはぺろりと自分の唇を舐め”Buono !”と笑った。
どきまぎしている椿を尻目に、火を止め冷蔵庫を開け、ボトルを取り出すとオープナーと一緒に椿へと渡した。
「バッキー、このワイン開けてね」
「は、はい」
元気の良い返事でボトルと格闘し始める椿をジーノは満足そうに見つめ、ゆで上げたパスタとソースをさっと絡め、美しく皿に盛った。
ジーノは皿をテーブルへと持っていき、カトラリーを整えた。栓の開いたワインを持った椿もジーノの傍に来ている。座るように促すと、あたふたとした動きで椿は椅子に腰かけた。
ジーノもエプロンを外し、席に着く。
「ところで、バッキー。ワインくらい飲めるよね?」
「はい。……多分」
椿のグラスへとジーノはワインを注ぐ。
「それじゃぁ、召し上がれ」
「はい。頂きます」
真剣な顔でフォークを操る椿を、ワインを舐めながらジーノは満足げに微笑み見つめていた。


090323








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