◆至福の枷◆ 昔から、後藤は達海を探し出すのが得意だった。 きっとあそこにいる。 考えこんだ末導き出されるのではなく、達海の居場所は、突如として天啓のように降ってくるのだった。 今日も、そうだ。 「やっぱり、ここにいたのか」 微かに呆れた口調でグラウンドの真ん中、キックオフのボールと同じ位置に座り、ボールを弄んでいた達海を見下ろす。 緩慢な動作で達海が顔を上げる。 「なんだ、後藤か」 「なんだとは、なんだよ」 苦笑しながら、溜息をつく。 「有里ちゃんが探してたぞ」 「……ああ」 吐息に音を混ぜただけの気乗りしない返事で、達海は手にしたボールを後藤へと投げた。 「っ」 反射的にそれを受け止め、思いの外の勢いに少しだけ驚いた。 達海が予備動作なしに立ち上がる。 後藤の手にしているボールへと人差し指を差出し、ちょんと触れた。 「やるか?」 微かに、笑った。 後藤もつられて頬を緩める。 「やめとくよ」 達海は少しだけ寂しげに、「そうか」と後藤の手からボールを奪い、それを離した。 ボールは重力の法則に従い、地面にぶつかる。今度は質量保存の法則に従って、跳ねあがり、空気抵抗によって、ころころと転がっていった。 達海も後藤も、ボールの動きを目で追っていた。 ボールは転がり、芝によって生じられる摩擦力で、止まった。 「なぁ、後藤」 「ん?」 ボールへ視線を投げかけたまま、 「俺たちってさ、……」 微かに言い淀む。 後藤は、達海の言葉を待った。 言葉の空白が生じ、二人の間の空気が密度を増した。 ふっ、と達海が息を吐き、後藤へと顔を向けた。 「なんか、バカみたいだよな」 あっけらかんと、明るく。 「あんなボール一つに、右往左往させられて、泣いたり笑ったり」 可笑しいよな、と微笑んだ。 「――ああ」 後藤もひっそりと笑った。 「本当にバカみたいだ」 達海の茶色い瞳が、微かに揺らく。 「……バカみたいなのに、止められない」 残酷な運命に翻弄され、それでも、達海が選び取った道を後藤は思う。 「そうだな」 静かに同意し、後藤は少し離れたところにぽつんと静止しているボールへと歩み寄った。 懐かしい、芝の感触。 革靴越しに感じる、過去。 腰だけを曲げ、ボールを掴む。 「達海」 空気を裂くようにして飛んで行ったボールが達海の手に収まる。 完璧な形で。 「行こうか、監督」 後藤は達海の傍まで近づくと、軽く、その背を押した。 「バカみたいにサッカーのことを考えている奴らの所にさ」 唇の端をちょっとあげ、後藤は達海をちらりと見る。 「ああ、本当にバカばっかりだ。お前も俺も……」 悠然と歩きだし、数歩行った所でピタリと止まった。 達海は振り向くと胸にしたボールを後藤へと投げ返した。 「それ、しまっておいてくれよ」 言うだけ言って、背中を向け、手をひらひらさせながら行ってしまう。 後藤は、軽くため息をつき、「これもGMの仕事の一つだよな」と嘯くのだった。 090519
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