至福の枷




昔から、後藤は達海を探し出すのが得意だった。
きっとあそこにいる。
考えこんだ末導き出されるのではなく、達海の居場所は、突如として天啓のように降ってくるのだった。
今日も、そうだ。
「やっぱり、ここにいたのか」
微かに呆れた口調でグラウンドの真ん中、キックオフのボールと同じ位置に座り、ボールを弄んでいた達海を見下ろす。
緩慢な動作で達海が顔を上げる。
「なんだ、後藤か」
「なんだとは、なんだよ」
苦笑しながら、溜息をつく。
「有里ちゃんが探してたぞ」
「……ああ」
吐息に音を混ぜただけの気乗りしない返事で、達海は手にしたボールを後藤へと投げた。
「っ」
反射的にそれを受け止め、思いの外の勢いに少しだけ驚いた。
達海が予備動作なしに立ち上がる。
後藤の手にしているボールへと人差し指を差出し、ちょんと触れた。
「やるか?」
微かに、笑った。
後藤もつられて頬を緩める。
「やめとくよ」
達海は少しだけ寂しげに、「そうか」と後藤の手からボールを奪い、それを離した。
ボールは重力の法則に従い、地面にぶつかる。今度は質量保存の法則に従って、跳ねあがり、空気抵抗によって、ころころと転がっていった。
達海も後藤も、ボールの動きを目で追っていた。
ボールは転がり、芝によって生じられる摩擦力で、止まった。
「なぁ、後藤」
「ん?」
ボールへ視線を投げかけたまま、
「俺たちってさ、……」
微かに言い淀む。
後藤は、達海の言葉を待った。
言葉の空白が生じ、二人の間の空気が密度を増した。
ふっ、と達海が息を吐き、後藤へと顔を向けた。
「なんか、バカみたいだよな」
あっけらかんと、明るく。
「あんなボール一つに、右往左往させられて、泣いたり笑ったり」
可笑しいよな、と微笑んだ。
「――ああ」
後藤もひっそりと笑った。
「本当にバカみたいだ」
達海の茶色い瞳が、微かに揺らく。
「……バカみたいなのに、止められない」
残酷な運命に翻弄され、それでも、達海が選び取った道を後藤は思う。
「そうだな」
静かに同意し、後藤は少し離れたところにぽつんと静止しているボールへと歩み寄った。
懐かしい、芝の感触。
革靴越しに感じる、過去。
腰だけを曲げ、ボールを掴む。
「達海」
空気を裂くようにして飛んで行ったボールが達海の手に収まる。
完璧な形で。
「行こうか、監督」
後藤は達海の傍まで近づくと、軽く、その背を押した。
「バカみたいにサッカーのことを考えている奴らの所にさ」
唇の端をちょっとあげ、後藤は達海をちらりと見る。
「ああ、本当にバカばっかりだ。お前も俺も……」
悠然と歩きだし、数歩行った所でピタリと止まった。
達海は振り向くと胸にしたボールを後藤へと投げ返した。
「それ、しまっておいてくれよ」
言うだけ言って、背中を向け、手をひらひらさせながら行ってしまう。
後藤は、軽くため息をつき、「これもGMの仕事の一つだよな」と嘯くのだった。


090519








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