衝動の先にある柔らかさ




あ、っと思った時には自然と手が触れていた。
きょとんとして椿を見つめるジーノの瞳には、やはりきょとんとしている椿が映っていた。
「す、すみませんっ」
慌てて椿がジーノの髪から指を離す。
ソファに並んで座っていたジーノは、少し首を傾げ、突然の行動に一人挙動不審になっている椿を見つめた。
「どうしたんだい、バッキー」
視線を和らげ、ジーノが唇を綻ばせる。
「あ……あの」
椿は引っ込めてしまった手を宙に浮かせたまま、あやふやな顔をした。
ジーノが上体をずらし、顔を椿へと近付ける。
「バッキー?」
完璧な稜線を描いている唇が小さく動き囁いた。
「あ、あの……髪が……」
ジーノは椿の言葉を待つ。
以前の、椿と親しくなる以前のジーノだったら、こんなに忍耐強く相手の言葉を待つようなことはしなかったかもしれない。だが、椿の言葉を待つのは、ジーノは苛々とすることなく、むしろ楽しげに時が流れるのだ。朴訥とした要領を得ない椿の話しぶりだが、その底にある真摯さを強烈に感じさせてくれる、それはこの上なく素晴らしいことのようにジーノには思えるのだった。
「さらさらで、王子の髪の毛が……だから、つい」
すみませんでした、と頭を垂れる椿へとジーノは手を伸ばす。
そして、くしゃくしゃの髪へと指を入れる。椿は反射的に顔を上げ、ジーノへと黒目がちな眼を向け固まった。
「君の髪は随分ごわごわしているね」
呆れたように息をつき、ジーノはくしゃくしゃと髪を掻き混ぜる。
「お、王子」
体を固まらせたまま、椿が遠慮がちに縋るような視線を投げかける。
「トリートメントってどうしてるんだい? バッキー」
椿の困惑をよそに、否、むしろ楽しむように、ジーノは硬めの髪を指に絡め、遊ぶのだ。
「あの、普通に……」
「普通に?」
「シャンプーしてます……」
ジーノは繊細な指先で椿の髪を摘み、離す。
「シャンプーだけかい、バッキーは」
「は、はい。……だから、なんか、王子の髪の毛がさらさらで、不思議で、……つい」
少しばかり襟足の長くなった自分の髪を一房掴み、するりと指を滑らせた。
その様子を椿は手品でもみる子供のようにまじまじと見つめるのだ。
「バッキー」
「はい」
「――触ってみたい?」
ジーノは再び、自分の髪を掬い、誘うように息を吐いた。
こくん、と魅入られたように椿は頷く。
椿は、恐る恐るジーノの方へと手を伸ばし、中空で静止させた。
息を詰める。
ジーノがふっと眼を細めた。
椿は息を吐きだし、自然な動作でジーノの髪に指先だけを触れさせた。
「柔らかい……」
自然と言葉が漏れる。
ふふ、とジーノは笑い、細めた眼をゆっくりと瞑っていく。
その髪に触れていた椿の指が、柔らかなそれをかき分けるようにして彼の頭の後ろへと回る。
ジーノの体が微かに傾ぐ。
椿も目を伏せ、そのままジーノを引き寄せるように、ジーノへと引き寄せられるように顔を近付けた。
暖かな吐息を感じる。
柔らかな、感触。
きゅっとジーノの髪を椿が握りこむ。
それが微かな痛みをもたらしたのか、椿に触れたままのジーノの唇が開き息が漏れた。誘われるように椿も唇を開き、舌先をジーノの中へと入れていく。
椿を迎えるかのように、ジーノが舌先を絡めてきた。
そして、ジーノも椿の髪へと手を埋めごわごわとした感触を楽しむかのように指先を動かすのだ。
そのまま、己の体重を椿に預けていく。
唇を貪る深度を増しつつ、ジーノの重さを受け止めながら彼ごとソファへと倒れこんだ。
絡め合った舌の間で、互いの唾液がくちゅりと音を立てる。
「んっ」
どちらともなく、息を継ぐ間に声が洩れてしまう。
椿の手がジーノの頭から離れ、指先が名残惜しそうに髪を絡ませる。そのままジーノの首から背中へと降り伝い、ズボンの隙間からシャツを捲くしあげようとした。
「バッキー」
少しだけ咎めるような口調でジーノが椿から唇を離した。
上体を持ち上げると、椿に馬乗りになるような形で彼を見下ろす。
「あっ……」
椿は自分のしていたことに気づかされ、頬を真っ赤に染めると、すまなそうな表情で、そして僅かにお預けをくらった犬のような悲しげな色を滲ませつつ、ジーノを見た。
ジーノはまともに椿の視線を受け止めて、にこりと笑った。
「まずは、君の髪をさらさらにしてあげるよ」
そう、椿に告げる。
「えっ?」
ジーノの言葉を上手く呑み込めず、椿は困惑した顔で彼を見つめ返した。
「僕が君の髪を洗ってあげる、ってことだよ」
本当に鈍いね、バッキーは。苦笑しながらジーノが床へと降り立った。
椿も慌てて半身を起こし、立ち上がる。
「バスで君の毛並みを整えてから、ゆっくりと楽しもうよ」
そう耳元で、ジーノが囁く。
囁きのくすぐったさと、隠された意味を椿が咀嚼している間にジーノはすたすたと歩いて行ってしまい。
振り返って、嘆息した。
「バッキー、早くおいでよ」
呆れたような表情もその声も、どこか楽しげな様子だった。


090713








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