勝負師




ジーノはベッドの中で体の向きを変えた。体を伸ばすと、素肌に纏わりつくシーツの感触が気持ち良い。一度大きく伸ばした体を元に戻し、枕を肩と頭との段差丁度になるように宛がって少しだけ丸まるようにして横になる。
体の芯に甘いだるさが残っている。
ジーノの体を、昨夜ひどく攻め立て酷使した男は、シャワーを浴びてでもいるのだろうか。一人で使うには広いベッドのどこにもその姿は見つからない。
軽く息をついた。
深呼吸をすると、瞼を閉じる。
甘いだるさに身を任せ、昨夜の情交の残滓を楽しむ。
「――じ。王子」
「……ん?」
うっすらと目を開けると、困惑したようなすまなそうな顔をした椿がいた。
須臾の間、眠ってしまったようだ。
「バッキー」
自分の声も、少しだけ掠れている。尤もこれは寝起きが故だけではないのだが。
「はい」
対して、答える椿の声は健康そのもので。
「おはよう」
と、ジーノはくすりと笑い椿へと手を伸ばしその頬へと触れる。
「あの……」
戸惑った表情で椿が見つめ返す。ジーノは、今度は苦笑し、目を瞑った。ここまですれば、彼が欲している行動が何であるか、察しの悪い椿でも分かるであろう、と。
「王子……」
だが、椿の察しの悪さはジーノの想像以上で、もしかしたら躊躇しているのかもしれないが、あった。仕方なく、頬に添えた掌を椿の首根っこへと移動させ、自分の方へと椿の顔を傾がせる。掌に緊張した筋肉の動きが伝わってきて。
唇に椿のそれが触れた。軽く。
「あの……」
恐る恐る口を開く椿の首根っこをきゅっと掴む、ふぅ、と聞えよがしのため息をつく。
「まったく、バッキーは色気がないよね」
「えっ」
突然の言葉に椿が硬直する。
「後朝に名残を惜しむのが日本の伝統なんじゃないの?」
唇の端を吊り上げ、意地悪くも蠱惑的な笑みを浮かべた。
「す、すみません」
「じゃぁ、もう一度、――して?」
直近で囁かれ、椿がこくりと喉を鳴らした。
ジーノの唇に触れると、微かに誘うように、開いく。
だが、椿はその誘いに乗らず、ジーノの唇の感触だけを味わい離した。
そんな椿に対し、ジーノは不服そうに頬を膨らませる。
「もう、終わりかい?」
椿はすまなさそうな顔をジーノへと向ける。
「あの、王子。もう、準備しないと……。タクシーが。」
必死に説明をした。
椿の言葉で、ジーノはどうして彼が今ここにいるのかに思い至る。
昨夜、翌日に寝過ごせない用事があるから起こすように、と言ったのだ。そしたら椿が電話をすればいいのか、と問うたので、泊まって起こすようにと命令したのだった。その裏の意味を悟れないほど鈍くはなくなった椿の、すぐに行きます、と言った時の声の調子や、緊張に顔を強張らせだが頬を上気させながらマンションのエントランスに顔を出した時の表情を、ジーノは思い出した。
そして、ジーノの寝過ごせない用事がどうしても出席したい家具屋のオープニングパーティーである旨を伝え、椿にも一緒に出るように言うと服を持っていないと返してきた。
仕方がないから、一緒に買いに行こうということになり、パーティーでの飲酒に備えタクシーを手配した。
余計朝も早くなったのだから、運動もほどほどに、と思っていたにも関わらず、男の欲を知り始めた椿にとってのほどほどと、ジーノにとってのほどほどの違いが如実に表れる結果となり……。
ジーノは椿の顔を見ながら、眉を寄せ、首を傾げた。
そして、困惑しながらも時間を気にしている男へと両腕を投げかけた。
「お、王子……」
慌てる椿を、その腰に絡めた腕でジーノが引き寄せる。
「ねぇ、バッキーが決めて」
真っ黒な、嘘のつけない瞳を見ながら、笑う。
「僕とこのままこうしていたいか、……それとも、パーティーに行きたいか。バッキーはどっちがいいんだい?」
「えっ」
ジーノの問いかけに椿は絶句し、ジーノの若干色素の薄い、それ故透明度の高い黒曜石のような瞳を見つめる。
「あの、俺……」
どうする?と椿をからかうように、ジーノの瞳が問いかけてくる。
「俺、あの……」
早く答えろと視線がせっつく。
椿はこくりと喉を鳴らし、はっきりとした声で答えた。
「両方がいいです」
今度はジーノがきょとんとする番だった。
だが、次の瞬間、ジーノは笑いだし、抱いていた椿の腰をばしばしと叩く。
「バッキーは欲張りだなぁ」
ジーノは笑い過ぎて目に溜まった涙を拭う。
「あ、す、すみません」
慌てて謝罪の言葉を口にし、えっと、王子がすっごく楽しみにしているみたいだったから、俺のために行けなかったとか嫌で、でも、王子と、その、こうしてるのも、す、好きだから……、と言わずもがなないい訳を口にする。
「分かったよ。バッキー」
ジーノはやんわりと言葉を止めるように促し、主人に忠実なわんこを見つめた。
「パーティーに行ってから、またこうやってだらだらするのはどうだい?」
「は、はい」
椿は直立して返元気の良い事をした。
そんな椿を、ジーノは面白そうに眺めるのだった。

恋愛はゲーム。

ジーノのモットーである。
ゲームならば楽しまなければならない。
そして、どんなゲームでも勝たなくては意味がない。
いつだってジーノは楽しみながら、勝利してきた。
椿とのゲームは、とても愉快だ。彼の可愛い飼い犬は、時折ジーノの発想の枠を超える。常識に捉われないジーノの枠を超えるなど、並大抵のことではない。
このゲーム、今はまだジーノの圧勝だが、近い将来のことは分らない。
甘美な想像に胸を締め付けられ、ジーノはベッドから抜け出した。


091001








+戻る+