名前




「バッキー」
「はい?」
返事はした椿はジーノの楽しむような目つきに警戒心を抱いた。
こういう時のジーノは、無茶なことを言ってくるのだ。
「ボクの事、ジーノって呼んでみて」
ほら、今も…。
椿は「あ」と言ったまま表情を固まらせている。

――ジーノ。

ただそう言えばいいだけなのに、口がうまく動かない。
そんな椿を、ジーノは、どうしたの?とでもいうかの如く、微かに楽しんでいる様子で見つめている。
「……ジ……」
プレッシャーに負け、やっとの思いで一言。
「聞こえないよ?」
「……む、無理です」
泣きそうな顔で椿が訴えた。
「何で無理なの?」
「王子は、その、王子だから……やっぱ、王子で……」
「なに、それ?」
椿の困惑具合としどろもどろな、だが一生懸命な説明とが面白くて、ジーノは困ったような顔のまま笑った。
「す、すみません……」
己の不甲斐なさに椿は、しょぼんと下を向いてしまう。
そんな椿にジーノはため息を吐く。
「仕方がないなぁ」
「す、すみません」
更に下を向き、椿は立ち直れないという位、がくりと首を落とした。
「バッキー」
「はい」
名前を呼ぶと、下を向いたままの椿から小さな返事が返ってきた。
ジーノはなかなか浮上しない青年に対し、少しだけ首を傾げ、ふわりと笑った。

「ダイスケ」

反射的に椿の顔が上がり、まじまじとジーノを見つめた。
「お……お、お、お」
「うーん。やっぱり、ヘンな感じ」
少しだけ困ったようにジーノが笑った。
「バッキーはバッキーが一番だね」
「う、うす」
どきまぎしながら、椿は答え、心の中で”ジーノ”と呟いてみた。
椿のドキドキが増し、一瞬にして顔を赤く染めるのだった。


101115








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