◆名前◆ 「バッキー」 「はい?」 返事はした椿はジーノの楽しむような目つきに警戒心を抱いた。 こういう時のジーノは、無茶なことを言ってくるのだ。 「ボクの事、ジーノって呼んでみて」 ほら、今も…。 椿は「あ」と言ったまま表情を固まらせている。 ――ジーノ。 ただそう言えばいいだけなのに、口がうまく動かない。 そんな椿を、ジーノは、どうしたの?とでもいうかの如く、微かに楽しんでいる様子で見つめている。 「……ジ……」 プレッシャーに負け、やっとの思いで一言。 「聞こえないよ?」 「……む、無理です」 泣きそうな顔で椿が訴えた。 「何で無理なの?」 「王子は、その、王子だから……やっぱ、王子で……」 「なに、それ?」 椿の困惑具合としどろもどろな、だが一生懸命な説明とが面白くて、ジーノは困ったような顔のまま笑った。 「す、すみません……」 己の不甲斐なさに椿は、しょぼんと下を向いてしまう。 そんな椿にジーノはため息を吐く。 「仕方がないなぁ」 「す、すみません」 更に下を向き、椿は立ち直れないという位、がくりと首を落とした。 「バッキー」 「はい」 名前を呼ぶと、下を向いたままの椿から小さな返事が返ってきた。 ジーノはなかなか浮上しない青年に対し、少しだけ首を傾げ、ふわりと笑った。 「ダイスケ」 反射的に椿の顔が上がり、まじまじとジーノを見つめた。 「お……お、お、お」 「うーん。やっぱり、ヘンな感じ」 少しだけ困ったようにジーノが笑った。 「バッキーはバッキーが一番だね」 「う、うす」 どきまぎしながら、椿は答え、心の中で”ジーノ”と呟いてみた。 椿のドキドキが増し、一瞬にして顔を赤く染めるのだった。 101115
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