静かな時間




駅へと歩いて椿がふと半地下の喫茶店の店内を見た。
その店はカフェと言うよりは喫茶店と言った方がよい古式ゆかしいある種の風格すら備えているような、そんな店だった。
ただ、街の景色を眺めるように視線を向けただけだった椿は、そのまま視線を転じた。
転じた瞬間、何か気になるものをみたようなかんじがして、もう一度視線を店内へと移した。
そして、何か気になるの正体を見つけただのだった。
「お……」
立ち止りかけ、一人の時間を満喫しているらしい様子に、椿は立ち止るのをやめ、駅へと向かうことにした。
彼には不似合いなおしゃれとは程遠い喫茶店で、それでもどこか幸せそうな顔で珈琲を味わっていたジーノの様子を思い浮かべ、覗いてはいけないといわれている部屋の秘密を知ったような気持ちになり、椿の足取りもうきうきとしたものに変わってくるのだった。



珈琲の味に満足したジーノがふと目を上げると、見知った青年が店の前を通り過ぎていこうとしていた。
跳ねるような軽快な足取りで、歩いていく。
きっと自分には気づかなかったに違いない。
そう思うとジーノはどこか愉快な気分になり、青年が彼の視界から消えていくのを見送った。
客の数もまばらな、ゆっくりとした時間の流れているこの店の本格的な味のする珈琲をジーノは愛していて、時折一人の時間を過ごすのだった。

とても落ち着く。
ひそやかな時間。

カップをソーサーに置き、ちょっとした想像をしてみた。
目の前に先ほどの青年が居る、という想像を。
きっとどこか落ち着かない様子でいて、それでいてしっくりと店に馴染んでしまうのだろう。
ふわりと笑ったジーノの鼻先へと珈琲の良い香りが漂ってきて、不意にこの秘密基地を共有したい子供のような気持ちになり、今度連れてこようかな、と思った。
いや、そうではない。
連れてくるのではなく、見つけてもらおう。
椿がこの店にいるジーノを見つけるまでは、一人の時間を楽しもう。
ジーノは密やかに微笑し、自分を見つけた時の椿を想像して楽しむのだった。


101115








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