◆きっかけ◆ 「王子は、……どうしてサッカー選手になろうと思ったんですか?」 「何だい、藪から棒に」 自宅の気に入りの場所で気に入りの飲み物と気に入りの青年とに囲まれていたジーノへと、何をするわけでもなくじっとしていた椿が話しかけてきた。 「いえ……」 不思議そうに見つめると、椿は目を伏せてしまう。 その表情はどこか罪の意識を感じているようで、多分彼は自分の機嫌を損ねたと思っているのだろう、とジーノはあたりをつけた。 感情を言葉にするのが苦手な青年なのだ。 それ故、意外と素直に感情が顔に出る。 「バッキーは、なんでサッカーやってるの?」 艶やかな声で、優しく問い返す。 「俺、ですか?」 「うん」こくりとあどけなく頷き、椿に応えを促すように見つめた。 椿は少し考えに沈み、小さな声でどこか恥ずかしそうに、答えた。 「俺……、サッカーしかできない、……から」 ジーノはそんな椿を眺め、「素晴らしいことじゃないかい」と、微笑んだ。 そんなジーノの力強い言葉に、椿は自分の言ったことを急激に照れてしまい、その照れ隠しに慌てて最初の質問に戻った。 「お、王子は!……王子は、何で……」 消え入りそうな語尾で、再度尋ねた。 「ボクは、そうだね。バッキーとは反対に、何でもできるから、かな」 「え?……何でも、ですか?」 「そう。ほら、ボクって賢いし格好いいし、パーフェクトじゃない」 他の人間が言ったならばそれだけで白けそうなセリフも、ジーノが言うと不思議とその通りだとしか思えず、椿は「そうですね」と心底感心したように頷いた。 「だからね、ボクは何にでもなれたんだよね……」 ふっ、とジーノが息を吐いた。 微かに視線が宙を彷徨う。 「何でもできたんだけど、嫌なことをやるのをやめていったの」 彷徨わせていた視線を椿に合わせた。黒い瞳が美しいと思った。 「それでね、最後に残ったのがサッカーだったんだよね」 ふふ、と笑い、コーヒーを飲む。 冷めてまろやかな甘さを感じた。 「そう、なんですか」 椿は、話に圧倒され、尊敬の眼差しでジーノを見つめた。 そんな椿をはぐらかすようにジーノはふわりと笑った。 二人の目が合った。 101115
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