「王子、その傷どうしたんすか?」
世良の声がロッカールームに響いた。
通りの良い元気な声は、ざわざわとしていた室内の注目を一気に集めた。
チームメイトの視線も気にせず、ジーノは世良へと怪訝そうな顔を向ける。
「傷?」
「はい。背中に」
ジーノは鏡に背中を映し、首を巡らせる。
「ああ、これ」
細く赤い線になっている引っ掻き傷を見つけ、ジーノは含み笑いをする。
そのあたりで、艶聞の類であろうと察したチームメイトは視線を戻し、それぞれの行動に戻っていった。
「そうです。それです。目立つっす」
一人世良だけは、心配そうに眉を寄せジーノを見ている。
「これはね、……」
ちょっと考える風にジーノが首を傾げた。
「バッキーにつけられたの」
ざわめきを取り戻した部屋が、再びしんと静まりかえる。
その静けさは、これ以上ジーノに何かを言わせてはいけないような、危うい緊張と少しの好奇心を孕んでいて。
「へ?!椿に、っすか?!」
だが、そんな雰囲気に気付かず、純粋に驚いたように世良が大きな声を出した。
「やめて、って言ってるのに引っ掻いてくるんだもん」
困った表情でジーノは続ける。
「ボクの白い肌にこんな傷がついちゃってたんだね。責任、取ってもらわないと。ねぇ、セリー」
流れるような言葉に、世良は圧倒され、「そうっすね」と思わず同意してしまった。
もう、この辺で話をやめてくれと思っているチームメイトの思惑をよそに、絶妙のタイミングで椿がシャワールームから出てきた。
「椿!」
世良がその姿を見つけ、ちょっと来い、と呼ぶ。
何で自分が呼ばれているのか分からない青年は、それでも年長の者の言いつけに背くことなく、ジーノと世良の傍までやってきた。
きょとんとした目で世良とジーノを交互に見る。
「椿、お前さぁ…」
言いかけたはいいが、言葉が続かない。
世良も困ったようにジーノと椿とを交互に見る。
そんな二人の姿が面白かったのか、ジーノが声をあげて笑った。
「セリー、ごめんごめん」
笑いながら、謝罪を口にする。
「バッキーはバッキーでも、犬のバッキーなんだよ。今、うちで預かっててね」
世良の肩を叩き、自然な仕草で手にしていた服を着る。
狐につままれたような二人の前で、優雅に着替えを済ませると、「お先に」と声をかける。
その声に、石化の魔法を解かれた二人は、ジーノを見た。
「そ、そうっすよね。椿が王子の背中にそんな傷つけるわけないですよね」
自分を納得させるように独り言を呟く世良へ、ジーノはふわりと微笑みかける。
「さぁ、それはどうだろうね」
言うだけ言うと、驚いた顔の世良と、何が何だか分かっていない椿を残し、ジーノは颯爽と帰ってしまった。
残された世良が椿を見る。
「え?……マジで?」
そう、世良に問われても状況がよく分からない椿はきょとんとして世良を見返す。
「あー、もう、何なんだよ」
分からないのが気持ち悪いという風に、世良は髪をがしがしと掻き混ぜると、椿を真剣な顔で見る。
「いいか、椿」
「……はい」
世良の態度に不穏当なものを感じながらも、椿は、こくりと頷いた。
「罰として、王子にちゃんと話をきいてこい」
「へ?」
「いいから。それで、できれば女の子を紹介して貰ってこい」
「なっ?!」
あまりの話の飛躍っぷりに、どうしていいのか分からない椿の横を、着替えの終えたチームメイトが次々と通って行く。
ある者は面白そうな顔で、他の者は気の毒そうな顔で。
「いいか、分かったな」
先輩ぶっている世良の強い言葉に、困惑したまま椿は思わず頷いた。
「よし」
と、満足そうに笑い、世良は自分の身支度にかかり始める。
ほっぽり出された椿は、どうしたものかと責任を感じながらも、ジーノに面白い話ができるかもしれない、と少しの期待を慰めに、着替えをするのだった。


101115








+戻る+