St. Valentine's Day




「バッキー、ちょっと待ってて」路肩に車を止め、颯爽と降りていくジーノの姿を椿は見つめた。
挙動の一つ一つが美しく洗練されている。
ドアを閉めると、ジーノが椿へと微笑みを送る。
重力を感じさせない軽やかな足運びで、花屋の店先へと歩いて行くと、花の手入れをしていた女性へと話しかけた。
優雅な微笑を浮かべ楽しげに会話をしているジーノの姿を車内から見つめる椿と、車の傍を通りがかった人が一瞥していく視線がぶつかった。
椿は、急に居たたまれなくなる。
分不相応な車に、分不相応な格好で、分不相応な挙動をしている自分が。
主のいない車が急によそよそしく感じられる。
たった数メートルも離れていないジーノとの距離が一気に開いてしまったような、置いてきぼりを食ってしまった心細さで、椿は顔を伏せた。
下を向いているのに、傍を通る人が皆、椿のことを見ているような錯覚を覚える。
早く、帰ってきて欲しい。
すぐそばにるのに、寂しくなってしまう。
脳裏に、楽しげに笑っているジーノの美しい顔がフラッシュバックする。
不意に襲ってくる孤独感のような気持ちをどうはぐらかせばいいのか分からず、椿はぎゅっと目を瞑った。
重たげな金属の音がして、車のドアが開いた。
外の空気が車内に入ってくる。
「お待たせ、バッキー」ふわりと微笑んだジーノの顔が不思議そうな表情へと変わる。
「どうしたんだい?泣きそうな顔をして」
じっと不思議な光を放つ目で見つめられ、先程とは違う居たたまれなさを椿は覚えた。
「あ、あの、車の中で……一人になったから……ちょっと」
言っているうちに、ちっぽけな寂しさを感じた自分が恥ずかしくなってくる。
「ああ、ごめんね。バッキー。でも、大丈夫だよ。ボクはどこにもいかないよ」
安心させるようにジーノが笑い、手にしていた花束を椿へと渡した。
「キミにあげる」
「えっ」
椿は膝に置かれた数本の美しいバラの蕾とジーノの顔を交互に見る。
「今日はバレンタインデーでしょ?」
「はい……」
「だから、キミにプレゼントさ」
うふふと笑い、キョトンとしている椿へと言葉を足した。少しだけ脚色して。
「ヨーロッパでは、好きな人に花束を贈る習慣があるんだよ」
「えっ」
「今年は、バッキーにあげるね」
じっと見つめられ、椿は体温が上がるのを感じた。
「来年は、バッキーがボクに花を頂戴」
目を細め、意味ありげな視線を投げかけると、ジーノは正面を向きハンドルを握った。
「バッキーお腹はすいてない?」
ジーノの言葉を咀嚼途中で、未だにどきどきしている椿の答えを待たず、ジーノは車を発進させた。
「はい。ぺこぺこです」
数秒遅れで元気よく答える椿に、
「それはよかった」
ジーノは満足そうな笑みを浮かべた。


110214








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