◆われみるはきみもみるつき◆ ズボンの後ろポケットに入れてある携帯が震えた。 反射的に椿は携帯を抜き、深呼吸した。 「はい」 「やぁ、バッキー」 案の定、電話の相手はジーノであった。 椿の携帯に電話をかけてくる相手は限られているし、深夜0時にかけてくる相手はジーノ位しかいないのだ。 「あ、お、王子。どうしたんですか?」 果たして的確な受答えであったかどうか定かではないが、椿は勢いこんで尋ねる。 「ん。ねぇ、今、バッキーはどこにいるの?」 椿の意気込みを軽くいなし、ジーノは優しい声音で問う。 「家にいます」 それだけ答えると、椿は言うべき言葉を見失った。 「そう……」 「お、王子は?」 「ボクも自分の家」 機械の向こうから聞こえる声に椿の心は乱れる。 「あ、あの……」 夜中にジーノが電話をかけてくることも、最近では珍しくなかったが、それでも慣れるものではなかった。 「バッキーの家から空は見えるかい?」 「そ、そら……ですか?」 予想だにしていない言葉に、それでも椿は正直に窓へと駆け寄った。 「み、見えます」 「そう。よかった」 どこか安心したようなジーノの声。 「ボクの部屋からも、よく見えるよ」 ジーノの家の一面ガラス張りの眺めを思い出した。 「キミにも見えるといいのだけど」 前置きをして、ジーノが続けた。 「ベランダに出てみます」 ベランダと呼ぶのがおこがましい程の広さしかないが、部屋の中よりは良く空が見えるはずである。 ドアを開け外に出ると、微かに暖かさの混じった風を感じる。 「あ、……月が」 空を眺め、椿の口から言葉が漏れた。 「うん。満月なんだ」 重大な秘密を洩らすかのような囁き声が聞こえてくる。 「すごく、明るい……。奇麗、です」 単純な言葉故、椿の言葉に嘘はなく、ジーノはくすりと微笑んだ。 「うん。バッキーに見せたかったんだ」 「すごいです……。あ、ありがとうございます」 「そう……よかった。遅くにごめんね」 早寝の椿を気遣ってか、珍しく謝るジーノに椿はうろたえた。この通話をジーノが切るつもりであるのを察し、慌てて言った。 「あ、あの……」 「何だい?」 どこか優しげなジーノの声に椿は勇気を得て。 「もう少し……、このままで」 「……うん」 声がなくなる。声の代わりに、ジーノの気配が伝わってくる。 「王子……」 「うん?」 「ありがとうございます」 「こちらこそ」 ジーノの言葉に間が空いた。 「キミと一緒にこの月を眺めたかったんだ。今日は特別な満月だから」 「あっ……」 慣れることのないジーノの言葉に椿は赤面した。 「本当に、奇麗です。……次は、一緒に……」 椿の耳元で、ジーノの笑い声が響いた。 110319
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