われみるはきみもみるつき




ズボンの後ろポケットに入れてある携帯が震えた。
反射的に椿は携帯を抜き、深呼吸した。
「はい」
「やぁ、バッキー」
案の定、電話の相手はジーノであった。
椿の携帯に電話をかけてくる相手は限られているし、深夜0時にかけてくる相手はジーノ位しかいないのだ。
「あ、お、王子。どうしたんですか?」
果たして的確な受答えであったかどうか定かではないが、椿は勢いこんで尋ねる。
「ん。ねぇ、今、バッキーはどこにいるの?」
椿の意気込みを軽くいなし、ジーノは優しい声音で問う。
「家にいます」
それだけ答えると、椿は言うべき言葉を見失った。
「そう……」
「お、王子は?」
「ボクも自分の家」
機械の向こうから聞こえる声に椿の心は乱れる。
「あ、あの……」
夜中にジーノが電話をかけてくることも、最近では珍しくなかったが、それでも慣れるものではなかった。
「バッキーの家から空は見えるかい?」
「そ、そら……ですか?」
予想だにしていない言葉に、それでも椿は正直に窓へと駆け寄った。
「み、見えます」
「そう。よかった」
どこか安心したようなジーノの声。
「ボクの部屋からも、よく見えるよ」
ジーノの家の一面ガラス張りの眺めを思い出した。
「キミにも見えるといいのだけど」
前置きをして、ジーノが続けた。
「ベランダに出てみます」
ベランダと呼ぶのがおこがましい程の広さしかないが、部屋の中よりは良く空が見えるはずである。
ドアを開け外に出ると、微かに暖かさの混じった風を感じる。
「あ、……月が」
空を眺め、椿の口から言葉が漏れた。
「うん。満月なんだ」
重大な秘密を洩らすかのような囁き声が聞こえてくる。
「すごく、明るい……。奇麗、です」
単純な言葉故、椿の言葉に嘘はなく、ジーノはくすりと微笑んだ。
「うん。バッキーに見せたかったんだ」
「すごいです……。あ、ありがとうございます」
「そう……よかった。遅くにごめんね」
早寝の椿を気遣ってか、珍しく謝るジーノに椿はうろたえた。この通話をジーノが切るつもりであるのを察し、慌てて言った。
「あ、あの……」
「何だい?」
どこか優しげなジーノの声に椿は勇気を得て。
「もう少し……、このままで」
「……うん」
声がなくなる。声の代わりに、ジーノの気配が伝わってくる。
「王子……」
「うん?」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
ジーノの言葉に間が空いた。
「キミと一緒にこの月を眺めたかったんだ。今日は特別な満月だから」
「あっ……」
慣れることのないジーノの言葉に椿は赤面した。
「本当に、奇麗です。……次は、一緒に……」
椿の耳元で、ジーノの笑い声が響いた。




110319








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