葡萄の涙




「バッキー」
優しげな声とともに、ジーノの指先が微かに椿の目じりへと触れた。
「す、すみません……」
不覚にも涙を流してしまった椿は、恥ずかしさと悔しさとが綯い交ぜとなった切なさで、涙を振り払うように目を閉じ頭を振った。
椿に触れていたジーノの指が、離れる。
「俺……情けないです」
悔しげな声が絞り出される。
ジーノは椿の顔を黙って見ていた。
「王子の前で、……泣いたりして」
少しだけ口が回らない青年は、待っていれば、たどたどしくも自分の言葉を話すのだ。
真摯に。
嘘も虚栄もなく。
「うん」
小さくジーノが頷くと、椿はまだ赤く潤んでいる瞳を彼に向ける。
「うん、そうだね……」
微かに微笑むと、ジーノは少しだけ言葉を呑みこんだ。
そのことに椿は気づいたようで、何か自分は間違えていたのではないかという自信なさげな表情をした。
「ああ、ごめんね。……バッキーがボクの前で涙を見せないようにしてくれるのは嬉しいよ」
椿は真剣な顔でジーノの言葉を聞き洩らさないようにしている。
そこまで真面目な話でもないのだけど、椿の緊張を解くようにとジーノは微笑んだ。
「哀しかったり、辛かったり、悔しいことがあたら、泣いても構わないんだよ」
「そう……ですか」
僅かに眉を顰め、椿はジーノの言葉を理解しようとした。
「うん。そうだよ」
ジーノは、頷いた。
「バッキーは、葡萄の涙って知ってる?」
「ぶどうの、なみだ……ですか」
話題の飛んだ内容についていくように、椿は微かに首を振った。
「ボクって、ワインが好きでしょ」
「……はい」
それは知っている。
椿が舌を噛んでしまいそうな名前のワインを、ジーノは沢山知っている。
知識だけではなく、それを楽しむ味覚や感性も持っているのだ。
「いいワインを作るためにね、葡萄の木を切らないといけないんだよ」
過剰な枝を処理して、栄養が回るようにするのだとジーノは説明した。
「その時にね、木の切り口から水が流れるんだ。その水が、まるで涙みたいだって。痛いから、泣いているんだって、ね」
ふぅ、とジーノは息を吐いた。
「でも、その痛みがあってこそ、美味しいワインができるんだよ」
だから、と続ける。
「泣けば、その後はもっと成長できるんじゃないかな」
ふふ、とジーノは笑い椿の頬へと手の甲を当てた。
「お……俺も、頑張ります」
「うん。頑張って」
ジーノは微笑み、意味ありげに目を伏せた。


110416








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