◆キスの日◆ 溶け合う、ということを椿は初めて知った。 自分の輪郭がなくなって、相手との境界が消え、溶けて混じり合ってしまう。そんな感覚。 確かに自分はここにいて、相手の熱も感じるのに……とても、ぼぅっとなってししまう。 「バッキー。キスしようか?」 笑いながら、ジーノが椿の硬い髪を指先でくすぐる。 「うっす」 緊張して答えると、ジーノがくすりと笑う。 笑いながら、椿へと顔を近づけてくる。 空気が動き、気配が動く。 吐息を感じ、そして、唇の温かさを感じる。 触れ合った瞬間、ぴくりと体が強張り、ジーノの舌先が唇を割って入ると、頭の芯から力が抜けていく。 これではダメだ、と椿は腹に力を込め、ジーノの舌に己のそれを絡める。 絡めると逃げ、逃げると絡めてくるそれに、追いつ追われつするうちに、せっかく入れた力も抜けてしまい、今度は頭の芯がぼぅっとなってくる。 混じり合う唾液と、熱は自分のものなのか、ジーノのものなのか既に分からなくなっている。 椿はただ、浮かされたようにジーノを求める。 ジーノが椿の背中に腕を回すのと、椿がジーノを抱きしめるのと、どちらが早かっただろう。 椿が感じたジーノの掌の感触も、自分の腕を回した背中の感触も、触れて、熱さを感じ、そして、境界が曖昧になってしまう。 このまま、ずっと、こうしていたい……。 そんな漠然とした願いもすぐに溶けてしまう。 ただただ感覚の中に引きずり込まれ、意識さえも溶け合ってしまう。 もっと、もっととろとろに溶けてしまいたい。 これ以上ない心地よさに椿は身を委ねる。 ふっ、ジーノの唇が離れた。 圧倒的な恍惚感に支配され、椿はジーノを見るめる。 ジーノも椿を見ていた。 「バッキー」 もう一度、先ほどよりも熱っぽい声で囁いた。 「……王子」 椿の声も擦れてしまう。 ジーノは艶やかに笑い、もう一度椿に触れた。 ――もっと、溶けて混じり合うために。 110523
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