キスの日




溶け合う、ということを椿は初めて知った。
自分の輪郭がなくなって、相手との境界が消え、溶けて混じり合ってしまう。そんな感覚。
確かに自分はここにいて、相手の熱も感じるのに……とても、ぼぅっとなってししまう。

「バッキー。キスしようか?」

笑いながら、ジーノが椿の硬い髪を指先でくすぐる。
「うっす」
緊張して答えると、ジーノがくすりと笑う。
笑いながら、椿へと顔を近づけてくる。
空気が動き、気配が動く。
吐息を感じ、そして、唇の温かさを感じる。
触れ合った瞬間、ぴくりと体が強張り、ジーノの舌先が唇を割って入ると、頭の芯から力が抜けていく。
これではダメだ、と椿は腹に力を込め、ジーノの舌に己のそれを絡める。
絡めると逃げ、逃げると絡めてくるそれに、追いつ追われつするうちに、せっかく入れた力も抜けてしまい、今度は頭の芯がぼぅっとなってくる。
混じり合う唾液と、熱は自分のものなのか、ジーノのものなのか既に分からなくなっている。
椿はただ、浮かされたようにジーノを求める。
ジーノが椿の背中に腕を回すのと、椿がジーノを抱きしめるのと、どちらが早かっただろう。
椿が感じたジーノの掌の感触も、自分の腕を回した背中の感触も、触れて、熱さを感じ、そして、境界が曖昧になってしまう。
このまま、ずっと、こうしていたい……。
そんな漠然とした願いもすぐに溶けてしまう。
ただただ感覚の中に引きずり込まれ、意識さえも溶け合ってしまう。
もっと、もっととろとろに溶けてしまいたい。
これ以上ない心地よさに椿は身を委ねる。

ふっ、ジーノの唇が離れた。
圧倒的な恍惚感に支配され、椿はジーノを見るめる。
ジーノも椿を見ていた。

「バッキー」

もう一度、先ほどよりも熱っぽい声で囁いた。

「……王子」

椿の声も擦れてしまう。
ジーノは艶やかに笑い、もう一度椿に触れた。


――もっと、溶けて混じり合うために。


110523








+戻る+