華火




ドンと腹の底に響く音のすぐ後で、夜空に華が咲く。
ベストポジションというわけにはいかないが、あり得ない人ごみの中でもみくちゃにされることを考えたら、広い場所を一人で自由に占拠でき、なおかつ音も楽しみながら花火まで見れるというのはかなりの好位置だと言える。
達海は用意したビールを飲みながら、空を仰ぐ。
名残の火花が、ぱちぱちという音と共に消えようとしている。
目を瞑ると、残像が瞼に浮かんだ。
次の花火の打ち上がる音がなかなか聞こえてこない。どうやら、次まで少し間があるようだ。
達海は目を開けると、ビールを口に運ぶ。
「やっぱり、ここにいたか」
声をした方へ目を遣ると、後藤が顔を覗かせている。後藤の方を見ながら、もう一口ビールを飲んだ。
「後藤も、飲む?」
ビニール袋をがさがささせながら、達海が尋ねる。
「貰うよ」
後藤は言うと達海から少しの距離を開け、スーツが汚れるのも構わず腰を下ろした。
達海が後藤に缶を手渡す。
感謝の言葉を述べると、缶の開く小気味よい音が響いた。
そして、それを合図にしたかのように、次の花火が打ち上がる。
後藤はビールに口をつけぬまま、連続して打ち上がる花火に目を奪われた。
まだ見ていたい。そんな余韻を残し、一連の打ち上げが終わる。
「すごかったな」
空を見つめたまま、後藤が缶に口をつけた。
先ほどまでの音の洪水が嘘のように、ごくりという慎ましげな嚥下の音までもが聞こえる。
「そろそろ次のが打ち上がるんじゃないか」
はしゃいでいるような後藤の声がした。
こいつは、こんなに花火が好きだったのか、と達海は感心した。
おっとりとした平穏そうな外見のくせに、意外と祭りが好きな男だった、と思いだす。
「日本の花火は綺麗だな」
「え?」
達海の声が花火の音に紛れてしまったのだろう。
「日本に帰ってきて、よかったな、って」
先ほどより、少し大き目の声で言う。
今度はちゃんと聞こえたようで、後藤は嬉しそうに笑った。
「そうだろ。花火はやっぱり、日本の夏ってかんじだもんな」
一人頷き、ビールを旨そうに飲んだ。
そんな後藤の顔を盗み見ながら、達海も笑う。
本当に、帰ってきて、……見つけてくれて、よかった、と。
達海は地面を這うように手を伸ばし、少しだけ後藤の指に触れた。
触れた指を、後藤が握り返した。
夜空に、大輪の華が咲く。


110828








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