かぼちゃのおうじさま




「これで、最後……と」
大きな段ボール箱を倉庫に置き、椿は一息ついた。
最後の一箱を片付けると、イベントも終わったという感慨が寄せてくる。
今日は突発的に行われたクラブ主催のハローウィンパーティーがあったのだ。
前回のカレーパーティーが好評だったため、広報活動の一部として計画された。広報活動の一部といっても大々的に宣伝を打ったわけでもなく、前回同様近隣でチラシを配った程度であった。
それでも秋になりかけの心地よい天気が幸いしたのか、集客もよく盛況だった。
スタッフ総出でそれらしく飾り付けをした会場で、集まったファンも子どもたちは強制的に仮装をさせられた若手選手や自発的に仮装をしていたベテランたちから菓子を貰い、引率の大人たちはカボチャ料理を手にそれぞれが楽しんでいた。
カボチャの被りものをさせられた椿も、衣装は少々暑かったが、楽しいなぁ、という気分で一杯になって時間を過ごしたのだ。
そして、楽しい時間の後には片付けが待っており、クリーニングを要さない小道具諸々を片付ける役割が椿に回って来たというわけである。
ミーティングルームに帰って、残っているものがないかを確認すれば椿の役目は終わる。
食堂からの差し入れのカボチャの煮物を持って帰れば、明日からは日常になる。
「楽しかったなぁ」
どこか浮かれたふわふわした気持ちで呟く。
「そんなに楽しかった?」
「!?」
気配もなく椿は後ろから抱きしめられた。
「バッキーは、楽しかったんだ」
「お、王子……」
微かな囁き声が耳元に触れた。
くすぐったくて椿は身を竦めた。
ジーノはとっくに帰ってしまったと思っていた。クラブハウスのバルコニーで王族のように手を振っていたのは知っていた。だが、会が終わるころには姿が見えなくなっていて、ジーノのことだからと誰も咎めることなく、そのまま片づけをし始めていた。
「今まで、どこに……」
「バッキーを待ってたの」
椿の首筋に顔を埋め、どこか疲れたように呟く。
「なかなか来ないから、待つのに飽きちゃって」
ふぅと吐く息がまともに当たり、椿の体がぞくりと粟立つ。
「ま、待ってて……くれたんですか」
こくりと唾を飲み込み、椿はジーノの腕の中で直立不動のまま、沸き起こりそうな衝動を知られないよう気をつける。
「うん。そう」
朗らかに言うと、椿はジーノから解放された。
安堵のため息をつく間もなく、段ボール箱を開けたジーノがぽんと椿の頭の上に帽子を乗せた。
今日の仮装で使われた魔女のとんがり帽子だ。
「割と似合うじゃない」
本心とは思えない笑い声でジーノがにこりと微笑んだ。
「かぼちゃも可愛かったけどね」
「あ……」
見られていたのか、と当たり前の事実に椿は今更ながら恥ずかしくなった。
被りもので視界が狭く、子供たちに菓子をねだられる度によろよろとしていたのだ。
「お、王子も楽しかったですか?」
「え?……うん。楽しかったよ。結構、いいものだね。こういうのもて」
椿の頭の上にある帽子を姿良く整えながらジーノが笑った。
意外なジーノの賛同に、椿は驚き、更に嬉しくなった。
「お、俺も。こういう外国みたいなコトのって、始めてで。でも、みんな笑ってて楽しんでくれてたから……。あ、でも、王子は、……クリスマスみたいに毎年やってたりするんですか?」
「いや、ボクも日本にくるまではハロウィンのパーティーはやってなかったよ。これは、イギリスとかアメリカが盛況なんじゃないかな?」
「え……あ、そうなんですね。俺、何も知らなくて」
「バッキーは?小さい頃とかやらなかったの、パーティー」
「実家は田舎だったし、東京に来て、駅とかで遊園地のポスター見て……初めてハロウィンて知ったんです」
「そうなんだ」
「だから、こいうのって始めてで、楽しかったです」
それは良かった、とジーノは微笑んだ。
その微笑みで椿は我に帰り、詰まらない話をしてしまったと慌てて頭上の帽子を取ろうと手を伸ばした。
「ダメだよ、バッキー。せっかく似合っているのに」
「え……」
ダメと言われても、これはクラブのもので片付けて帰らないといけなくて、どうしたのもかと椿は困惑した。
「家までそれを被って帰ればいいのに」
「で、でも」
ジーノの頼みとはいえ、さすがにこの格好で帰る勇気は持ち合わせていない。
「……」
ジーノは面白そうに困っている椿を見ていた。
からかわれているのは分かっているのだが……、ヒドイと思っても、決して嫌いになることはできない。
「仕方ないなぁ。……Trick or Treat !」
「え?」
「お菓子をくれないと、いたずらしちゃよ」
戸惑う椿に、くすくすとジーノはキスをした。
一瞬、息を飲む。
「っ。……お、王子」
「なぁに?」
「き、キスとか……こ、こんなトコで」
「だって、バッキーお菓子持ってないんでしょ?」
仕方がないじゃない、と軽くいなされ、ジーノは椿の頭からひょいと帽子を取った。
元あったように段ボールに戻し、蓋をする。
「さ、帰ろうよ」
「へ?」
ジーノの気紛れについていけていない椿は、ただそのにこやかな顔を見つめるだけで。
「バッキーの事待ってたって言ったじゃない。ボク、お腹すいちゃったよ」
うふふと微笑し、椿の耳元に唇を寄せた。
「家に帰ったら、バッキーも仕返しにボクに悪戯していいから。ね」
ふわりとかかった息に身を竦めた椿が言葉の意味を理解した頃には、ジーノはさっさと倉庫から出ていってしまっており、慌ててその後を追いかけたのだった。
111007








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