幸せのかたち




【ジーノの場合】


古い白黒映画が大きなテレビ画面に流れている。
全面ガラス張りの窓からは昼下がりの麗らかな日差しが入ってきている。
部屋の中は趣味のよい気に入りのモノたちが適度に配置され、すこぶる居心地がよい。
そして、ソファの隣には、可愛らしい恋人がいる。
ジーノは何十回と見た映画のワンシーンから目を離し、隣にいる椿を見た。
――気持ちよさそうに寝ちゃって……。
安らかな寝息を立てている椿をじっと見つめた。
ソファに僅かに体を傾かせるように凭れ、崩れ落ちそうで崩れ落ちない姿勢を器用に保っている。
時折表情を動かしながら、椿はうたた寝をしている。
――面白い。
ジーノは飽きることなく椿を見ている。
横を向いているのに疲れ、足を組むと上半身を捻るようにして腕をソファに置きそこへと頭を預けた。少し上方から椿を眺める。
――なかなか、起きそうもない……かな。
そうやって椿の安らかな寝顔を見ているうちに、ジーノも不意に眠気を覚え瞼を閉じた。
そして、そのまままどろみの中へと落ちて行った。



はっとなって目を覚ます。
ソファから身を起こすと、横に居る椿と目が合った。
「あ、す、すみません」
「ん?」
椿が謝る理由が分からずにジーノは首を傾げた。
「お、俺、……寝ちゃって」
恥ずかしそうに下を向く。
「映画も、終わっちゃって……せっかく、王子が選んでくれたのに……」
ジーノは椿の髪へと触れた。
「お、王子……?」
「ん? いいの。たまにはこうやって過ごすのも悪くないでしょ」
そう言うとジーノは艶やかに微笑んだ。
「時間なら、まだまだあるしね」
「うっす」
真面目に返事をする椿の素直さに思わず笑みがこぼれる。

幸せな休日は始まったばかりなのだから。





【椿の場合】


椿はいつも困ってしまう。
『きっかけ』が掴めないのだ。
だからいつもいつでも椿はジーノの誘いを待つしかない。
今だってそうだ。
隣にジーノが座っているのに、椿はどうしていいのか分からない。
そっと肩を抱くとか、いきなりキスをするとか、むしろ組み敷いてしまう……とか。
頭の中は色々な行動でいっぱいになって、しかし実際には何もできない。
手を握ることすら、ままならない。
――ダメだなぁ……。
自分の優柔不断さに溜息が出る。
「バッキー? どうしたの?」
「いえ、……何でも、ないっす」
ずいとジーノが近寄ってきて、椿の顔を覗き込んだ。
心臓がどきりと高鳴る。
――王子の睫毛……長いな……。
ドキドキしながら妙なことに感心してしまう。
もう少しで触れれるのに、そのもう少しが動けない。
「……」
椿はごくりと喉を鳴らす。
瞬間、ジーノがくすくすと笑った。
「バッキーって、変なところで我慢強いよね」
「え?……あ、すみません」
「だから」
ジーノが椿の耳に唇を寄せる。
「我慢しなくても、……いいんだよ」
当たる吐息がくすぐったい。
「お、王子」
勢いをつけて、椿はジーノの方を向く。
「なぁに?」
「あ、そ……て、手を……握っても、いい……ですか」
ジーノはきょとんとした後で、ふわりと微笑んだ。
「いいよ」
「しゃっす」
椿は姿勢を糺し、正面を向いてソファに座ると、隣に置かれたジーノの手に手を重ねた。
そして、恥ずかしいのか顔を真っ赤にし前を向いたまま指を絡めるように上から握りこむ。
「バッキー」
「はい」
「……幸せ?」
「はい、すっごく」
躊躇いない応えを返した。


120505








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