衝動と理性のハザマ




高校2年生。明日から夏休み、という終業式の日に、理一と侘助は自宅の長い坂をのぼっていた。
「久しぶりだな」
理一が夏の暑さも涼やかに侘助に笑いかけた。
「……何が?」
理一とは対照的な暑さに辟易している苦虫をつぶしたような顔で、それでも律儀に侘助が問い返した。
「んー。こうやって、侘助と一緒に家に帰るのもさ」
にこりと笑いかける理一を一瞥し、それだけで侘助は黙って足を運び続ける。
蝉の声が道の脇の緑の中から聞こえてくる。
ちらり、と何食わぬ風を装い理一は侘助を見た。
同い年の、叔父を。
とても近いはずなのに、とても遠く感じる。
「そういえば」
不意に侘助が人の悪そうな忍び笑いを漏らした。
「ん?」
「お前、さっき女子から手紙もらってただろ」
ニヤリと挑戦的な視線。
理一は少し考え、るような振りをして、その視線を真っ向から受け止めた。
「貰ったね」
「……どうするんだ、返事」
「さぁ」
誠実そうな笑顔を浮かべ、理一は首を傾げた。
どうして欲しい?
そう、問いかけたい衝動に駆られる。
「他に好きな女でもいるのかよ」
普段の拗ねた子供の声ではなく、好奇心旺盛な若者の声で侘助が重ねて問う。
好きな……。
それはお前だ、と言ったならば……。
侘助との距離は縮むのだろうか。
それとも、もっと離れてしまうのだろうか。取り返しのつかない程、遠くに……。
そんな想いを胸底に沈め、理一は得体のしれない笑いで「さぁ」とはぐらかすのだ。
侘助の問いかけを。自分の気持ちを。
「つまんねぇな」
忌々しそうに言い、侘助は空を見た。
蒼天は高く、どこまでも続いていた。彼らの世界の未だ見ぬ、その先まで。
太陽の光が、容赦なく二人を刺していく。





09/10/10


+戻る+