冬枯




小春日和、という言葉そのもののような、休日の昼下がり。
日本に帰ってきて以来、曜日に関係ない侘助と、公務員なのに休日出勤が多い理一も、彼曰く「国防は休みなし」だそうで侘助は「尤もだ」と思いつつも「勤勉な…」と理一の責任感を少し揶揄したくもなるが、珍しく揃って休日に家にいた。
大人の男二人が、休日に揃ったからといって、一緒に何をするわけでもなく、侘助はいつものようにソファに寝転がり一般よりもやや専門家向けに近い雑誌を眺めていた。麗らかな光が、ベランダの窓から差し込んでくる。
眩しそうに目を細め、外を見ると、ベランダの隅に枯れた鉢植えが置いてあるのが目に入った。
じっと見ていると、夏の頃に今が盛りと満開の花を咲かしていた朝顔が思い出された。理一が、実家から貰ってきたと笑っていたことも、思い出した。
枯れているのに、そのまま放置してある鉢植えが気になり始める。
手繰っていた雑誌は、別段読まねばならぬものでもなく、ただ無聊を慰めるために眺めていたにすぎない。
侘助は寝転がっていた体を、少し勢いをつけて起こすと、雑誌をガラス製の、理一には不似合いのようでに合っているシンプルなローテーブルの上に置いた。
そのまま、ベランダへのガラス戸を開ける。
風の、思いの他の冷たさに肩を竦めた。
もう冬か、と改めて感じた。
肌寒いなと思ったが、上着を取りに行くほどでもないので、侘助はそのままベランダ用のサンダルを履き、枯れた朝顔の鉢の前にしゃがみこんだ。
朝顔は役目は終わったとばかりに、葉はほとんどなく、蔓まで茶色くなっている。
その茶色い蔓に教会のドームのような殻に包まれた種が付いていた。
ああ、そうか。
何故、理一が枯れた花をそのままにしておくのか、室内にいた時には分からなかったが、こうして間近まで来ると、その理由が分かったような気がした。
侘助は朝顔の種を手で取った。
枯れた音がして、それは掌にころんと収まる。
外側の殻を割ると、中から黒い小さな種が出てきた。
掌に息を吹きかけると、軽い殻だけが吹き飛ばされ、種だけが残る。
遠い昔、祖母と一緒に種取りをしたことを思い出す。
祖母の傍らで、幼かった侘助はものも言わず、ただ種を取っていた。小さな掌一杯にたまると、それを入れ物に移した。
思い出した風景には、祖母と侘助の二人だけであった。
何故か、自分の表情、おどおどしているような楽しんでいるような無表情のくせに目だけが輝いている、も思い出されてくるのだ。
思い出は常に第三者的視点で想起されることに、いつも不思議さを感じる。
他の記憶とリンクし、そのような映像が生まれているのだろう。
だが、きっと自分はそんな可愛げのない顔をしていたに違いない。
苦笑した侘助は、もう一つ種を取る。
「何やってるんだ?」
作業に夢中になっていると、いつの間にか隣に来ていた理一が声をかけてきた。
侘助は軽く理一を睨みあげる。
悪いことはしていないのに、何となく悪戯を見つけられた子供のような気分になってしまう。
そんな侘助の視線を理一は軽くいなし、侘助の隣にしゃがみこむ。
「ああ、もう種がついてたんだな」
感慨深そうに言うと、微笑した。
理一が隣にしゃがんでしまったことで、この場所から抜け出せなくなった侘助は、むすっとしたまま理一へと掌の中の種を差し出した。
「……これ」
「取っておいて、来年、また植えないか?」
「……お前が取っておけよ」
示唆のような指示に、侘助はむっとなるが、だからといって他に良い案もなく、理一へと種を渡した。
侘助の掌から、理一の少しだけ大きい掌へと種が移った。
「了解」
軽く笑い、理一は立ち上がる。
「いつまでもそんな格好でいると、風邪引くぞ。お茶淹れるから、中に入って来いよ」
部屋の中へと入っていく理一の後姿を見送り、だが、侘助は瑣末な反抗心からもう少しだけ種を取っていくことにした。
そういえば……。
理一も祖母と一緒に朝顔の種取りをしたことがあったのだろうか。
ふと、湧き起った疑問に苦笑しながら。


101115








+戻る+