Refrain




「侘助。従兄弟が来てるぞ」
隣室だという学生が、侘助の部屋の開け放たれたままの扉をドンドンと遠慮なく叩く。あまりの乱雑さに、案内を乞うた理一が驚いてしまった程だ。
部屋の中から不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「……ん……。何だ?」
「ああ、従兄弟がお前に用事があるって。連れてきたから」
ぞんざいに言うと、「それじゃ」と学生は自分の部屋に帰って行った。
「……んな所に立ってないで、部屋に入れよ」
「あ、ああ」
「何だよ」
返事をしたは良いが、入口に立ったままの理一を部屋の中から侘助が睨んだ。
「いや、……」
一人で静かにすることを好む侘助がプライベートなどないに等しい下宿暮らしを始めた時にも驚いたが、どうやら周りの学生たちに好意を持たれ上手くやっていると分かり、意外に思ったのだ。
陣内の家から独立し始めた侘助が確りと自分の居場所を見つけている事を嬉しく思う。
感慨に耽る理一を侘助が忌々しそうに睨みつける。
「お邪魔します」
侘助の視線を宥めるように理一は微笑をすると、遠慮することなく部屋へと入った。
本や資料、コンピュータの部品らしき基盤類が所狭しと置いてあり、整理整頓されているとは言い難い部屋であったが、むさ苦しいわけではなくそれなりに小奇麗に生活しているようだった。
「座れよ」
「どこに?」
だが、座れと言われてすぐに座れる程床が有り余っているわけでもなく、さて、どうしたものかと首を傾げる理一に侘助はふくれっ面をしながらも、床に置いてあるものを適当にどけていった。
「ここに」
人一人座れる隙間を作り、理一を睨んだ。
「ありがとう」
理一は悠然と微笑む。
「そうだ、忘れないうちに」
「……何だよ?」
手持ちの紙袋を侘助に渡す。
「祖母ちゃんからのお土産」
「……」
何も言わず、侘助は袋を受け取り中を改めた。
「小さく仕立てて、大きな花が咲くようにしたって、さ」
空のように透明な青の朝顔を侘助が好んでいることを知っていた祖母の手土産だった。侘助は何か言いたそうにもぞもぞと口を動かしたが、結局袋の中から大事そうに鉢を取りだすと包装を綺麗にはがした。鉢を持ったまま流しへ行き、出窓というほど洒落ていないが洗濯物を干すような出っ張りへと鉢を置いた。
理一は侘助の一連の動作を、ただ、淡々と見ていた。
そして、ビニール袋を持ち、窓の傍にいる侘助へと近寄った。
「これも」
差し出されたビニール袋を怪訝そう見て、理一へと視線を移す。
困惑、しているようであった。
「来るときに、売ってたから」
穏やかに微笑み、理一は侘助に袋を開けるよう無言のうちに要請する。
少し興味を持った風の侘助は、それでも理一に指示に黙って従うのも癪に障るとでもいうように、先程よりもぞんざいにビニール袋をガサガサとさせ中身を取り出した。
「割れものだから、優しくしてくれよ」
理一が穏やかに窘めると、軽く舌うちをする。
それでも、理一の言葉通りに手つきが柔らかくなる。
相変わらず、素直だな、と理一は心の中で思った。
本人は否定するかもしれないが、侘助は素直に育っているのだ。彼の周りでとやかく言う人々にこは事欠かなかったが、その外圧から、祖母や、他の親戚も侘助のことを守っていたのだ。
むしろ、理一は思う、自分の方が拗ねて育っているのかもしれない、と。
育ちの良さや、そこから生じる品位は在るだろう。だが、素直さ、という一点においては、正直自信はない。
素直な青年を演出することには長けているが、長けているからこそ、本来の素直さでは無縁であるのだ。
「お、風鈴。……懐かしいな」
だから、嫌々ながらも包みを開け、その中身に喜ぶ侘助の素直な姿を見ると、安堵する。
いつまでも変わらない、幼い日の思い出のような、何かが理一の心の奥底から顔を覗かすのだ。
「いいだろ」
「ああ、いいな」
部屋へと差し込む太陽の光を硝子の風鈴を越しに眺め、侘助は目を細める。
上半身を伸ばし、バランスを取りながら朝顔の上へとそれを飾った。
チリン、と風が音を運ぶ。
「夏だな……」
「ああ、夏だな」


懐かしい、夏が今年もまた始まろうとしている。


110712








+戻る+